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女性を支配する歓びを求める人に嫌悪感を抱いたことも

――それで始めたと。

濱野 最初「ジュウカン」を脳内で漢字変換できませんでしたけど(笑)。そのあとも獣姦について検索していたら、おぞましい動画や画像ばかりヒットして気持ちが萎えきっていて。でもそんな時に、どうやら動物と愛情をもって性行為をおこなう人々がいるらしいぞ、ということがわかった。それが動物性愛者でした。

 でも研究の過程では、過去のトラウマを刺激されるようなこともあったんです。

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――どんなことが起きたのですか?

濱野 研究を始めて一年ほど経った頃、ネットのアダルト掲示板で動物との性交渉に興味がある人を探したことがあったんです。そうすると、性衝動を発散させようとして、卑猥な言葉を投げつけてくる人がたくさんいたんです。なかには何度かメールでやりとりした方もいたのですが、その人は女性をうなぎやミミズなどと性交させることに快感を覚える人でした。彼らはそこに女性を支配する歓びを見出しているのだと私は感じました。もちろん彼らの性のありかたも否定されるべきではありません。ただ、嫌悪感を抱かざるを得ませんでした。

©文藝春秋

――セクシュアリティ研究はそういった経験をすることも多そうですよね。

濱野 そうですね。研究の過程にはそういったリスクがありました。それに研究内容を発表しても、 “色物”として見られてしまうことも多い。ただ、ある文化人類学者の女性からは「あなたの研究は本当に大事よ。でも誤解を招きかねないから、興味本位の人たちに余計なチャチャをいれられないように知恵を使いなさいね」とアドバイスをいただいて、救われました。

――研究の本質を受け取ってくれる人がいたんだと。

濱野 うれしかったですね。ズーにもそういう人が多かった。だから研究を続けてこられたんだと思います。

ズーは相手がだれであれ、ちゃんとその人自身を見ている

――ズーは人間に対しても下に見たり、差別したりすることはない?

濱野 少なくとも私は女性であるとか、日本人であるとか、動物性愛者じゃないとか、そういったことでズーから差別的な扱いは受けませんでした。彼らは相手がだれであれ、ちゃんとその人自身を見ている。

 ズーの生き方は、人間へのまなざしをも変える可能性を秘めています。ズーの生き方を研究することは、他者とのかかわり方を改めて考え直すことに繋がっていくと思います。

©文藝春秋

 11月15日、東京・千代田区にある帝国ホテルで「第17回開高健ノンフィクション賞」の贈賞式が行われた。そこで濱野さんは「私たちが本当に考えてみるべき問題は、善と悪、ノーマルとアブノーマルなどの、境界線上にこそ存在しています」と語っている。「聖なるズー」(集英社)では、正義や常識では断じきれないズーの生き方を克明に描き出している。

聖なるズー

濱野 ちひろ

集英社

2019年11月26日 発売