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ヘイト、炎上……「差別」はなぜなくならない? 杉田水脈問題から考える

著者は語る 『「差別はいけない」とみんないうけれど。』(綿野恵太 著)

『「差別はいけない」とみんないうけれど。』(綿野恵太 著)

 職場ではパワハラ、セクハラに気をつけ、ツイッターなどSNSでは差別的な発言で炎上しないように心がける。「差別はいけない」という原則は今や私たちの日常生活に浸透している。しかし、在日朝鮮人・韓国人に対するヘイトスピーチは止まず、女性蔑視を平然と口にする米国大統領が誕生し、欧州では移民排斥を唱える政党が躍進している。

 差別をめぐる争いが激化し、混迷が深まるなか、その状況をどう受け止め、行動すればいいのか。そんな問いに答えを出す指針を与えてくれる本が刊行された。書いたのは批評家の綿野恵太さん。執筆の契機は2018年、自民党の代議士・杉田水脈(みお)が「新潮45」に「LGBTは生産性がない」と書いたことに批判が殺到したことだった。

「文芸評論家の絓(すが)秀実さんが1994年に書いた『「超」言葉狩り宣言』という差別問題を論じた本を熱心に読んでいました。それが書かれたころと杉田水脈問題が起きたときの差別をめぐる言説は、かなり様変わりしました。その違いはどこから来ているのかを考え始めたことが本書の出発点です」

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 杉田水脈の文章に対しては、LGBT以外の人々も批判の声を上げた。それは「シティズンシップ」の論理に基づいていたと綿野さんは指摘する。自分たちが生きる社会が大切にしている「差別はいけない」という原則が踏みにじられたことを「市民」としての尊厳を傷つけられたことだと受け止め、批判する論理だ。

「90年代ぐらいまでは、差別された当事者だけが反差別の声を上げられる、という「アイデンティティ」の論理が強かったので、当事者以外の人は差別に反対であっても、声を上げづらいところがありました。だから、差別を批判するときには、「少数者」である当事者は力を持たないので、彼らに代わって発言するのだ、といったロジックを立てていました。しかし、杉田批判は「シティズンシップ」の論理に立って展開されていたので、そのような屈託はほとんど見られませんでした。またかつては、異性愛者がLGBT差別を批判するときには、異性愛者中心の社会を作り、LGBTを抑圧しているのは自分たちではないか、という自己批判も伴っていました。それが今回はほとんど見当たらなかった。それも不思議で時代の変化を感じました」

綿野恵太さん

 綿野さんは本書で政治学者カール・シュミットの言う「自由主義」を「シティズンシップ」の論理、「民主主義」を「アイデンティティ」の論理と捉え、現代の差別をめぐる状況を読み解く。かつては「少数者」や「弱者」が依拠していた「アイデンティティ」の論理は今や日本の在特会や移民排斥を唱えるトランプ支持者を支えている、という指摘には目を啓(ひら)かされる。

「市場原理や資本の論理と「シティズンシップ」の論理は親和性が高いので、「シティズンシップ」の論理は今後も社会に広がっていくでしょう。でも、その論理の前提となる「市民」は成立しうるのか、という疑問を私は常に抱いています。トランプ支持者のように経済的な格差などによって、自分たちが「市民」であると実感できない人々もいますし、認知科学は、教育を受け、情報を与えられれば、人間は合理的に判断し、自律した個人として主体的に振る舞う「市民」たりうるという前提を打ち崩しつつあります。万人に高圧的に「市民」になれ、と言うのでも、システムの設計によって、万人を有無を言わせず「市民」として行動させるのでもない道を考えられないかと思っています」

わたのけいた/1988年、大阪府生まれ。「谷川雁の原子力」「原子力の神――吉本隆明の宮沢賢治」などを発表後、初の著書となる本書を上梓。「連続トークイベント 今なぜ批評なのか――批評家・綿野恵太が、12人の知性に挑む」を開催中。

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