新入生が衝撃を受けた武蔵の授業
武蔵のひとつの授業を具体的に紹介しよう。これは卒業生が自身の入学直後に受けた「衝撃」の授業体験を振り返ったものだ。
一人の少年が教室で身を固くして、授業の始まりを待っていた。
今日は少年が最も得意にしている理科(生物)の授業である。いままで小学校や塾で習ったものよりも、もっと高度な解説がなされるのかもしれない。少年の心は期待と不安がない交ぜになっていた。
ガラリとドアを開けて入ってきたのは、40代後半くらいの白衣を羽織った短髪の男性教員。チョビ髭がなんとなくユーモラスな雰囲気を醸している。
その教員は第一声こう発した。
「じゃあ、今日はみんなで紐を作るぞ」
そして、タコ糸のような細い紐を生徒たちに見せながら、器用に編んでみせた。
「いいかい、俺みたいにやってみろ」
生徒たちに細い紐が配られた。教室全体がざわついていた。それもそうだろう。少年を含め、全員男子なのだから3つ編みにした経験などない。どうしてこんな作業を? 少年は戸惑いながらも、数十分かけて紐をようやく編み上げた。
「はい、今日の授業はこれでおしまい」
男性教員の大きな声が響く。
ところで、今日は何の授業だったのだろうか?
無我夢中になる「生きた」授業
1週間後、その男性教員が教室へやってくるなり、生徒たちの顔を見渡すようにして言った。
「前回作った紐はあるな。……よし、じゃあこれからルーペをみんなに配るから、その紐を括り付けて、首からぶら下げろ」
そして、男性教員はこう続けた。
「全員準備はできたな。それでは、みんなで外に出よう。ルーペで好きな植物を観察してみなさい。テーマは特にない。気になったものを観察しなさい」
少年は広大なキャンパスの構内を首からぶら下げたルーペとともに散策した。
(いまって授業中だよな。体育じゃないのだから、こんなふうに外へ出てよいものか……)
少年は訝しく思いつつ、目についたケヤキやポプラ、桜の木の葉っぱ、そして、それらの木肌をルーペで観察し始めた。少年の体は少しずつ熱を帯び、やがて無我夢中でルーペを覗き込む自分がいた。
生徒たちは一心不乱に作業にとりかかった
3回目の授業の冒頭。
男性教員はにっこりと微笑みながら、生徒たちにケント紙を配り始めた。
「これから、先週ルーペで各自が観察したものをここにスケッチするんだ。いいか、絵画を描けと指示しているわけではない。だから、線を引くことは厳禁だ。言っている意味が分かるか? その輪郭、濃淡……すべてを点で表すんだぞ。スケッチの真髄はここにある」
生徒たちは一心不乱に作業にとりかかっている。
少年は先週観察したポプラの葉を思い浮かべながら、鉛筆の芯をケント紙に打ち付けた。
「コンコンコン……」
周囲からはただひたすら鉛筆を打つ音が鳴り響いていた。