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東大合格者数激減!? それでも、武蔵が「御三家」である理由

「学校は学問をしにくるところです。勉強は各自勝手にしなさい」

2019/11/25
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新入生が衝撃を受けた武蔵の授業

 武蔵のひとつの授業を具体的に紹介しよう。これは卒業生が自身の入学直後に受けた「衝撃」の授業体験を振り返ったものだ。

 一人の少年が教室で身を固くして、授業の始まりを待っていた。

 今日は少年が最も得意にしている理科(生物)の授業である。いままで小学校や塾で習ったものよりも、もっと高度な解説がなされるのかもしれない。少年の心は期待と不安がない交ぜになっていた。

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 ガラリとドアを開けて入ってきたのは、40代後半くらいの白衣を羽織った短髪の男性教員。チョビ髭がなんとなくユーモラスな雰囲気を醸している。

©iStock.com

 その教員は第一声こう発した。

「じゃあ、今日はみんなで紐を作るぞ」

 そして、タコ糸のような細い紐を生徒たちに見せながら、器用に編んでみせた。
「いいかい、俺みたいにやってみろ」

 生徒たちに細い紐が配られた。教室全体がざわついていた。それもそうだろう。少年を含め、全員男子なのだから3つ編みにした経験などない。どうしてこんな作業を? 少年は戸惑いながらも、数十分かけて紐をようやく編み上げた。

「はい、今日の授業はこれでおしまい」

 男性教員の大きな声が響く。

 ところで、今日は何の授業だったのだろうか?

無我夢中になる「生きた」授業

 1週間後、その男性教員が教室へやってくるなり、生徒たちの顔を見渡すようにして言った。

「前回作った紐はあるな。……よし、じゃあこれからルーペをみんなに配るから、その紐を括り付けて、首からぶら下げろ」

 そして、男性教員はこう続けた。

「全員準備はできたな。それでは、みんなで外に出よう。ルーペで好きな植物を観察してみなさい。テーマは特にない。気になったものを観察しなさい」

 少年は広大なキャンパスの構内を首からぶら下げたルーペとともに散策した。

緑に囲まれた武蔵の校舎

(いまって授業中だよな。体育じゃないのだから、こんなふうに外へ出てよいものか……)

 少年は訝しく思いつつ、目についたケヤキやポプラ、桜の木の葉っぱ、そして、それらの木肌をルーペで観察し始めた。少年の体は少しずつ熱を帯び、やがて無我夢中でルーペを覗き込む自分がいた。

生徒たちは一心不乱に作業にとりかかった

 3回目の授業の冒頭。

 男性教員はにっこりと微笑みながら、生徒たちにケント紙を配り始めた。

「これから、先週ルーペで各自が観察したものをここにスケッチするんだ。いいか、絵画を描けと指示しているわけではない。だから、線を引くことは厳禁だ。言っている意味が分かるか? その輪郭、濃淡……すべてを点で表すんだぞ。スケッチの真髄はここにある」

 生徒たちは一心不乱に作業にとりかかっている。

 少年は先週観察したポプラの葉を思い浮かべながら、鉛筆の芯をケント紙に打ち付けた。

「コンコンコン……」

 周囲からはただひたすら鉛筆を打つ音が鳴り響いていた。