羽生選手はそうしたファンの想いを知っています。羽生選手自身は公式SNSなどを運営してはいませんが、SNSやネットで広まる声に常に耳を傾けています。そして、その想いを汲んで、数少ない発信の機会に的確にアンサーをくれるのです。羽生選手のイラストを描いて見せあうファンアートという行為について、こういうことを楽しんでよいものだろうかとSNSでファンが議論しているタイミングで唐突に「ファンアート、好きですよ」と発言してみたり。平昌五輪前にはファンからの心配や激励のメッセージに対する感謝を、「怪我をしている間に、たくさんのメッセージをくれた」とあえて過去形で綴ることで、「現在は回復傾向にある」ことをそれとなく知らせてくれたりするのです。
NHK杯優勝でまず発した一言
言葉を大切にし、一言に想いを込める人。
札幌でのNHK杯、優勝者インタビューで羽生選手が発した言葉も、まさにそうでした。圧倒的な大差での優勝。総合300点を超える高得点。ミスで抜けたジャンプをすぐさまやり直した鬼のリカバリー。グランプリファイナルへの出場決定。2年連続で怪我をしてきたGPシリーズ2戦目を乗り切ったこと。語るにふさわしい内容はたくさんありました。しかし、演技を終えたあとにまず羽生選手が語り出したのは「やっぱり日本で滑りたかったんで、ずっと」ということでした。「勝ちました」と喜ぶより先に、「怪我をしなかった」と安堵するより先に、「日本で滑れた」ことを第一に挙げた羽生選手。
その言葉は何よりもファンの心を射抜くものでした。この希少な機会に熱い想いを抱いて駆けつけたファンに対する感謝と、これまでの欠場を申し訳なく思う気持ちと、そして羽生選手自身もまたこの機会を待ち望んでいたことを鮮明に告げてくれたのですから。この試合の一番の喜びである「会いたかった」の気持ちが通じ合ったのですから。
羽生選手の発する言葉が少ない機会・短い言葉であっても強いチカラを持って響くのは、対象へと馳せる思いの深さなのだろうなと改めて思いました。なぜ、こんなに多くのファンが、こんなに熱い気持ちで集っているか、何を求めているか、思いを馳せて理解しているからこそ、強く響く的確なアンサーとなるのだと。