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J-POPの表現も中国基準へ? 酸欠少女さユり「MV削除事件」が示す暗い未来

J-POPの表現も中国基準へ? 酸欠少女さユり「MV削除事件」が示す暗い未来

2019/12/06
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 11月下旬、日本のシンガーソングライター、“酸欠少女”さユりのMV(ミュージックビデオ)が中華圏でちょっとした話題になったことはご存知だろうか? 

 さユりを知らない読者のために説明すれば「人と違う感性・価値観に、優越感と同じくらいのコンプレックスを抱く“酸欠世代” の象徴=『酸欠少女』として、アコギをかき鳴らしながら歌う、2.5次元パラレルシンガーソングライター」(オフィシャルサイトより)である。独特の世界観が若者層を中心に人気を集めているアーティストだ。

※“酸欠少女”さユり。オフィシャルホームページより

 彼女の新曲「航海の唄」は日本テレビ系列で放送中のTVアニメ『僕のヒーローアカデミア』第4期シリーズのエンディング・テーマだ。11月27日にCDがリリースされ、フルバージョンのMVが午前0時からYouTubeプレミア公開されていた。

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 だが、このMVが政治的にちょっとキナ臭いことになっている。

香港デモがモチーフなのか?

 理由は、黄色いヘッドホンとガスマスクを着用した黒い学生服姿の青年が登場する「航海の唄」のMVの演出が、今年6月以来香港を騒がせている反政府デモの参加者を露骨に想起させるものだったからだ。

 たとえば、冒頭部分で青年が落ち込んでいるシーンの背景は中国国旗とそっくりな色調の赤色で表現され、それと対照するように雨ガッパ姿の少女が登場するシーンでは、背景がデモ隊のシンボルカラーである黄色に変わる(ちなみにガスマスクだけではなく雨ガッパも、2014年の雨傘革命や現在の香港デモで催涙ガスや放水を防ぐためにしばしば使用されるアイテムだ)。

 さらにMVのフルバージョンでは、香港デモ隊の記者会見さながらにガスマスク姿の少年少女が長机の前で横一列に並ぶシーンや、バリケードを思わせる積み上げられた机の山が登場するシーンもあった。

※2019年9月末、香港のセントラル地区の路上に貼られていたデモ隊の宣伝ポスター。黒シャツに黄色いヘルメットとガスマスクは、香港デモのシンボルだ。

 加えてMVのサビ部分では、黄色いオーラをまといながら疾走するガスマスク姿の青年の背後で、彼を励ますように黄色いギターを奏でるさユりの姿が映る。

 ここでは「航海の唄」のサビの歌詞が表示されているのだが、「強さは要らない 何も持って無くていい 信じるそれだけでいい」「この先でどんな痛みが襲ってもそれだけが君を救うだろう」といったワードも、警官隊との圧倒的な武力の差のなかで抵抗する香港の若者をイメージさせなくもない。

 ※「航海の唄」のMVが「香港の現況を反映しているのでは」と報じる香港メディア『香港01』の11月28日付け記事。

 こうした一連の演出がさユり本人の意向によるものか、MVの映像制作者の独断によるものかはわからないが、今年6月に始まった香港デモをモチーフにしてこのMVが作られた可能性はある。さユりは以前からガスマスクをモチーフにした演出を好んでいたようだが、製作者側に政治的な意図がなく偶然の一致に過ぎなかったとしても、香港人や中国人が見れば間違いなく香港デモを連想する内容であることは間違いない。