NBAやティファニーの二の舞を避けた?
近年、中国当局はこの手の問題には非常にヒステリックな対応を取ることが多く、ときに海外企業に対して強烈な圧力をかける。
たとえば今年10月には、NBAのヒューストン・ロケッツのゼネラルマネージャーがTwitterで香港デモを支持するツイートをおこなったことを理由に、中国国内ではNBA放映権を持つ媒体が軒並みロケッツの試合放送をボイコット。さらに中国バスケットボール協会がロケッツとの協力停止を発表するなど、国家規模でロケッツへのバッシングがおこなわれた。
また、同じく今年10月には、ティファニーがSNS上に中国人女性モデルが手で右目を覆う広告写真を掲載したところ、香港デモを支持していると中国人から非難が集中。削除措置に追い込まれている。
香港デモでは警察の銃撃によって右目を負傷した女性がおり、デモ隊が右目を覆うポーズを示して抗議していたことから、モデルに同じ姿勢を取らせるのはけしからんという中国人の主張にティファニー側が屈服した形だ。
もちろん今回の「ガスマスクMV」については、香港デモ関連で話題になったことでレコード会社がデモ反対派の在日中国人や日本人からクレームを受け、深い考えなしに「政治的な問題だから」と自粛をおこなった可能性も高い(香港デモは賛成派か反対派かを問わず、問題に異常なほど入れ込んで企業やメディアへの「メル突」を繰り返すようなファナティックな人が少なくない)。
ただ、香港デモを連想させるMVの配信に対して、中国からNBAやティファニーが受けたのとの同じような制裁を受ける懸念があり、ゆえにレコード会社側が一定の配慮をおこなったという想像も、それほど荒唐無稽なものではない。
中国での市場規模がまだ大きくないさユりが中国人のバッシングを受けるくらいならともかく、全世界のソニー系歌手が中国で軒並みボイコットやコンサートの妨害を受けたり、中国・香港・台湾などのソニー系の大物歌手が中国市場への配慮から他レーベルに移籍する「愛国的」なアピール行動を取ったりすれば、企業としては目も当てられない事態になる。早期の火消しが必要な事態だ。
グローバル経済のもとでは、大企業を通じてリリースされる表現は、たとえ企業幹部による1本のツイートや“酸欠少女”のMVであっても、14億人の市場を擁する中国の基準で「政治的に正しい」表現を意識せざるを得ない。いまや日本発のコンテンツであるJ-POPですらも、中国を怒らせる表現を自主規制せざるを得ない時代とも言えそうなのだ。
「塞外」に遠征をはじめた中国言論統制
2019年11月末には、17歳のアフガニスタン系アメリカ人の少女が「まつ毛カール」の方法を教える美容動画のフリをして、中国が新疆ウイグル自治区でおこなっている少数民族弾圧を非難するスピーチ動画を、中国系ショート動画サービス「TikTok」に投稿したところ運営側に削除されてしまった事件も起きた(その後、TikTok側は謝罪)。
従来、中国の言論統制は「赤い万里の長城(GFW)」と呼ばれるファイアウォールに守られた中国国内のネットサービスのなかで完結していたが、いまや中国企業の国外向けサービスであるTikTokはもちろん、TwitterやYouTubeやApple musicといった西側系のプラットフォームであっても、資本の論理のなかでそのくびきから逃れることは難しくなっている。
本来は中国の体制を国外の情報から守るために構築された「赤い万里の長城」から塞外に遠征をはじめた中国の言論統制に、日本や世界はどう対応するのか? 現代はそんな判断が迫られる時代になっている。