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 闘病生活はハプニングの連続だ。ベッドの傾きを調整したり、車椅子へ移るために体を動かしたりすると、悲鳴を上げて痛がることがあった。調べてもらうと、背骨が4カ所も圧迫骨折を起こしていた。長年服用したステロイドの副作用で、骨も内臓も脆くなっていたのだ。そんな予想もしない事が起きると、リハビリも一からやり直しになってしまう。

 16年8月公開の『君の名は。』は、空前の大ヒットを記録したアニメーション映画だ。この作品で、市原さんは、主人公の女子高生・宮水三葉の祖母・宮水一葉の声を演じている。だが、わずかその半年後の17年2月には、映画『しゃぼん玉』の劇場公開記者会見にも出席できず、パネルで登場し、サプライズで共演者らに声のメッセージを送った。その後、大河ドラマ『西郷どん』のナレーションも辞退している。

「この頃よく海の夢を見るの。絵のように動かない海で、そこに(友人の)ミッキー吉野さんが出てきたの。それでも怖い夢よ」と、とりとめのない話をしてくれた日もあった。

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 わたしが持って行ったトマトやかぼちゃのスープを「おいしい」と喜んで飲んでくれたかと思うと、十数錠もの大量の薬を服用するのを嫌がり、プイと口から吹き出してしまったりもした。

©︎文藝春秋

「病気になったことは青天の霹靂でした」

 肝性脳症の影響で、「変な獣が3匹見える」などと言い出すこともあって、この頃は、彼女にとっても周りにとっても一番大変な時期だったと思う。当時のことを、後に『婦人公論』の記者に語っている。

「病気になったことは、まさに青天の霹靂でした。痛み、かゆみ、痺れ、寒気……、もうどこもかしこも何もかも、救いようがないの。しかも、脳が働かなくなっちゃって、オーバーに言えば錯乱状態かしらねえ。それでみなさんには相当迷惑をおかけしてしまいました。あ、でも私自身はよくわからないの。なにしろ、ひどかった当時のことは10%くらいしか覚えていない」(18年7月10日号)

 17年8月21日、市原さんは都内の自宅へ戻った。

 家政婦さんを中心とする24時間の介護、在宅医の診断と処方、親族と編成した「チーム市原」によるサポート……何より見慣れた家具に囲まれて過ごす時間が彼女を落ち着かせた。