東京・兜町が欲望と汗と血にまみれた「人臭い」世界だった頃、小説よりも奇異な事件が次々に起きた。当時を知る人ならば、この小説が、その頃の「臭気」を正確に伝えている事に気づき、一気に引き込まれていくに違いない。
一方、コンピューターと数字の無機質な世界になった証券市場しか知らない世代の人にすれば、展開されるストーリーは「小説そのもの」だろう。現実離れした登場人物の行動や、今の常識からみれば許されるはずのない取引は、小説ならではの面白みだと感じるに違いない。
若い人には意外だろうが、この小説で展開される事件や金融商品、金融当局の動きなどは、ほぼすべて「事実」にモチーフを得ている。評者は当時、駆け出しの証券記者だったから、登場する社名や人名をみて、あの会社の誰の話だと思い当たる。作者の相場英雄さんもその頃、時事通信社にいたというから、そうした事件を追いかけていたのだろう。
「財テク」「にぎり(利回り保証)」「損失補てん」「飛ばし」「仕組債」――。会社の資金を運用につぎ込んだ経営者の姿も、株価下落であいた大穴を必死で隠そうと、危うい金融商品に手を出した財務担当も、その間を徘徊していたハイエナのような金融マンも、すべて現実に存在していた「風景」だった。
まさに「小説のような」事実が進行していた一九八〇年代後半から九〇年代の「バブルとその崩壊」の時代。今、当時のキーマンたちが自らの経験を書き残した著作を次々に出版し、ベストセラーになっている。だが、そうした「遺言」とも言える著作は、肝心のところが空白だったり、断片的で、バブルの全景を語らない。
むしろ、事実から得たモチーフを紡いだこの小説の方が、バブルのムードを饒舌に語っている。
洒脱なエンターテイメントに仕上がっているが、読み進むうちに良質のドキュメンタリーに出会ったような錯覚に陥る一冊である。
あいばひでお/1967年新潟県生まれ。2005年『デフォルト(債務不履行)』で第2回ダイヤモンド経済小説大賞を受賞しデビュー。ほかの著書に『震える牛』『血の轍』『共震』『リバース』『ガラパゴス』などがある。
いそやまともゆき/1962年東京都生まれ。経済ジャーナリスト。日経新聞を経て独立。近著に『「理」と「情」の狭間』など