昭和34年(1959年)創刊の総合週刊誌「週刊文春」の紹介サイトです。最新号やバックナンバーから、いくつか記事を掲載していきます。各号の目次や定期購読のご案内も掲載しています。

特集2019年 忘れられない「名言・迷言・珍言」

2019/12/29

genre : ニュース, 社会

「自分もそうだ」という声がネット上で次々とあがった

 孤立しがちな現代社会において、他者とのつながりは、命綱としての役割をになうものです。ここでいう「孤立」は必ずしも「引きこもっている人」だけではなく、「他者との関係が希薄な人」も含んでいます。会社や学校など、何らかのコミュニティに属していても、誰にも心の内を明かせなかったり、助けを求められない人は数多くいます。彼らは、どんなに苦しくても「社会からはみ出してはならない」と、ボロボロになった心と体を繕いながら生きています。

 青葉容疑者の感謝の言葉が報じられたあと、「自分もそうだ」という声がネット上で次々とあがったことなどからも分かるように、「人から優しくされたことがない」と感じている人は、決して稀有な存在ではないと思うのです。

 心身の異変に気付くことができないほど弱り切っているとき、人の目に触れる場所に自分の身を置いておくことは非常に重要です。精神がすり減って判断能力が低下したり、物事の分別がつかない状態に陥ると、人は思ってもみない行動に出ることがあるからです。

©吉田暁史

私たち家族は孤立無援だった

 極限状態にあったとき、私は家族を殺そうと思ったことがあります。家庭で毎日のように暴力を受けていた10代の頃、私には頼れる人が誰もおらず、外部に助けを求めることもできませんでした。私と同じように、何年も継続的に殴られていた母は精神が不安定で、働いても働いても金をむしり取られる生活に疲弊していました。私が幼い頃から家庭は正常な機能を失っており、家から逃げるのに必要な経済力もなければ、長期的な目線で問題解決に取り組むだけの余裕や決断力すらもなくなっている状況でした。

 そもそも私たちは、自分が置かれている環境や精神状態が異常であることにも気が付いていませんでした。さらに私たち家族は孤立無援であったため、周りには私たちのことを気にかけたり、異変に気が付いてくれる人はいなかったのです。

 そんな生活を十数年続けた頃、私は家族を殺すべきかどうか、真剣に思い詰めるようになりました。それまで、家庭でのできごとを誰かに相談したことは一度もありませんでした。相談したことが家族の耳に入れば、今よりもっとひどい目に遭うと分かっていたためです。