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2019/12/27

プエルトリコに深刻な被害をもたらしたハリケーン

「ロベルト・クレメンテが中南米の選手たちに対し、未来への道を切り開きやすくしてくれた。彼のおかげで俺たちはアメリカに行くことができ、かの地のベースボールに身を投じてその世界の一部になれる。そうしてプエルトリコ人は野球への愛を深めていったんだ」

 そう話したラモスは普段、ドミニカ共和国にあるニューヨーク・メッツのアカデミーで明日のメジャーリーガーたちを指導している。ラモスはポテンシャルの塊であるティーンエイジャーたちを成長に導きながら、今季のウインターリーグが故郷で開幕する日を待ちわびていた。

「去年はエスタディオ・ヒラム・ビソーンでプレーしていたからな。ここ(エスタディオ・ロベルト・クレメンテ)はハリケーン・マリアに大きな打撃を受けたんだ」

 2017年9月にプエルトリコを直撃したハリケーン・マリアは、人口320万人のこの島に深刻な被害をもたらした。当初、プエルトリコ政府は死者64人と発表したが、米ハーバード大学の推計によると4600人にのぼる。全土で交通網が破壊され、長期間にわたる停電が発生した。

 アメリカ海洋大気庁によると、経済損失は900億ドル(日本円に換算して10兆円弱)。2017年5月に700億ドル(同7兆6600億円)の債務を抱えて破産申請を行ったプエルトリコに、天はあまりにも厳しい苦難を強いた。長らく物価高に悩まされてきた国民は、さらなる試練を課された格好となった(プエルトリコの経済問題の裏には惨事便乗型資本主義がある。詳しくはナオミ・クラインの『ショック・ドクトリン:惨事便乗型資本主義の正体を暴く(上下)』や『楽園をめぐる闘い:災害資本主義者に立ち向かうプエルトリコ』を参照)。

ショック・ドクトリン〈上〉――惨事便乗型資本主義の正体を暴く

ナオミ・クライン,幾島 幸子(翻訳)

岩波書店

2011年9月9日 発売

楽園をめぐる闘い: 災害資本主義者に立ち向かうプエルトリコ

ナオミ・クライン,星野 真志(翻訳)

堀之内出版

2019年4月20日 発売

近年、日本人選手も特別な思いでやって来ている

 ハリケーン・マリアの直撃から半年経っても、停電が続く地域もあったという。それでも野球の火を灯し続けるべく、2017-18年シーズンのウインターリーグは4チームによる18試合制と規模縮小して開催された。天然芝の球場は使用できず、人工芝のエスタディオ・ヒラム・ビソーンですべての試合が行われた(クリオージョス・デ・カグアスの本拠地エスタディオ・ソラ・モラレスは今も復旧中で使用できない)。

 だからこそ今季、ラモスはシーズン開幕を待ち望んでいた。

「今年の初め、エスタディオ・ロベルト・クレメンテを使用できるというニュースが入ってきた。このスタジアムでは、カロリーナのチーム(=ヒガンテス)とともに素晴らしい歴史が紡がれてきたんだ。カロリーナはいつもプレーオフに進み、優勝を争い続けた。俺は現役時代にサントゥルセでプレーしていたとき、カロリーナを倒そうと思ってここにやって来た。

 ロベルト・クレメンテの名が冠されたこのスタジアムには、そういう歴史がある。彼はこの国の歴史を象徴しているんだ。我々はそういう誇りを持ってプレーしている。そうしたプライドを他の何かと比べることなんてできない」

プエルトリコの球場にはクレメンテの背番号「21」をつけたファンがたくさんいる ©龍フェルケル

 目の前のハードルを乗り越え、未来を切り開いてきたプエルトリカンにとって、エスタディオ・ロベルト・クレメンテはアイデンティティの象徴とも言える聖地だ。そんな場所に近年、日本人選手も特別な思いでやって来ている。

 2016-17年シーズン、当時ソフトバンクの松坂大輔(現西武)が何かをつかもうとプレーしたのもこの球場だった。今季は11人の日本人選手がウインターリーグに参戦したなか、台頭が待たれる田中正義らソフトバンク勢がホームファンの声援を受けて戦っている。ビジターで訪れた面々には、復活へ試行錯誤するT-岡田(オリックス)や、今季のイースタン・リーグ二冠王である安田尚憲(ロッテ)がいた。

プエルトリコで好投した田中正義。クレメンテの「21番」をつけてプレーした ©龍フェルケル

 半世紀前、ロベルト・クレメンテが開けたドアはプエルトリカンやラティーノはもちろん、ジャパニーズにも開かれている。大袈裟に言えば、カロリーナで生まれた偉大な男の活躍があったからこそ、日本人もベースボールの世界の一部になることができた。

 エスタディオ・ロベルト・クレメンテでは、そうした野球の歴史が今も紡がれている。

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