年明け早々、米国とイランの対立が激化している。両国の全面衝突によって「第三次世界大戦」が始まるとの懸念も広がり、世界中がその行方に注目している。
長らく中東・アラブ世界を取材し続け、開高健ノンフィクション賞を受賞した『ジャスミンの残り香 ――「アラブの春」が変えたもの』などの著作がある田原牧氏(東京新聞記者)は、今回の一連の事件からトランプ政権特有の“危うさ”が浮き彫りになったと指摘する。
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イランはある程度、安心して見ていられるが、米トランプ政権は危なっかしくて見ていられない。これが一連の米国とイランのさや当てをめぐる私の感想である。
年明け早々、3日にイラン革命防衛隊の対外作戦部隊「クドス部隊」のガーセム・ソレイマーニー司令官が米軍に爆殺され、8日にイランがイラク国内の米軍駐留基地2カ所を報復攻撃した。人的被害が無く、またミサイルの一部が標的から外れたと聞き、これはヤクザの出入りでいえば、「ガラス割り」だと直感した。相手の組事務所に実弾を撃ち込みこそすれ、生命までは狙わず、あくまで威嚇が狙いというアレだ。
そうした威嚇には当然、メッセージが含まれている。今回の場合なら、それは全面戦争の回避だ。現にイランのモハンマド・ザリーフ外相は念を押すように「対立激化と戦争は望んでいない」とツイートした。ただ、この種のメッセージで怖いのは誤読である。送り手の意図を読み手が理解できればよいが、読解力がないと悲劇が待っている。
Iran took & concluded proportionate measures in self-defense under Article 51 of UN Charter targeting base from which cowardly armed attack against our citizens & senior officials were launched.
— Javad Zarif (@JZarif) January 8, 2020
We do not seek escalation or war, but will defend ourselves against any aggression.
全ての発端はトランプ政権の「核合意離脱」だった
今回は幸いにもメッセージを理解したのか、トランプ大統領は軍事力の行使を見送った。しかし、安堵はできない。いまのトランプ政権には外交や国防のプロがいない。ソレイマーニー氏を的にかけたこと自体がその証左である。
これまでの経緯を振り返りたい。起点は核合意だ。核兵器開発疑惑を持たれていたイランは2015年7月、米国(オバマ前政権)を含む国連安保理常任理事国にドイツを加えた6カ国と核合意を結んだ。核開発を制限し、国連の査察を受け入れる見返りに、米国や欧州が対イラン金融制裁や原油取引制限を緩和するという内容だった。
ところが2018年5月、トランプ政権はこれを卓袱台返しする。合意からの離脱表明だ。留意しておくべきは合意離脱の約2カ月前、国際原子力機関(IAEA)の故天野之弥事務局長が「イランは核合意に基づく義務を果たしている」と明言していることだ。
イランはなぜ核合意の“一部履行停止”に踏み出したのか?
米国とイランの狭間に立たされた英国、フランス、ドイツは2019年1月、ドルを介さずにイランと交易するための特別目的事業体「INSTEX(貿易取引支援機関)」を発足させた。だが、対象が限定され、イランはこれを不十分とし、同年5月から核合意の一部履行停止に踏み出す。
きな臭さが漂ってきたのはこの頃からで、同月、アラブ首長国連邦(UAE)のフジャイラ沿岸でサウディアラビア、UAE、ノルウェーの船舶4隻が破壊工作を受ける事件が発生。翌月には日本の安倍首相がイラン訪問中、ホルムズ海峡近くで日本の会社が運航するタンカーが攻撃を受けた。9月にはサウディの国営石油会社サウディアラムコの施設がドローン攻撃を受ける。先月にはイラク・キルクークの駐留米軍基地が攻撃を受け、軍属1人が死亡。これがソレイマーニー爆殺の引き金になった。
緊張の発端はトランプ政権の核合意離脱だが、その理由は何だったのか。