「超限戦」は始まっている
こうした中国の揺さぶり戦略をみるとき、重大な鍵となるのが「超限戦」という考え方です。
「超限戦」は、一九九九年、中国軍現役大佐の喬良と王湘穂によって提示された戦略です。彼らは、二十一世紀の戦争では、「あらゆるものが戦争の手段となり、あらゆる領域が戦場になりうる。すべての兵器と技術が組み合わされ、戦争と非戦争、軍事と非軍事、軍人と非軍人という境界がなくなる」として、それを限定・限界を超えた「超限戦」と名づけました。そこでは、「倫理基準を超え、タブーを脱し」「すべての手段を用いて、自分の利益を敵に強制的に受け入れさせること」が目標だとされ、「戦い方」として、通常戦のほかに、国家テロ、諜報、外交、さらには金融やメディア、法律や世論工作、心理戦などが挙げられています。これは従来の戦争法規や倫理などへの否定であり、「ルール無用何でもあり」という宣言でもあるのです。
この超限戦の主要な原則として、〈全方向度(戦争と関連ある要素を全面的に考慮し、動員できるすべての戦争資源を組み合わせる)/リアルタイム性(同一時間帯に異なる空間で、バラバラだが秩序をもって作戦する)/非均衡(相手が全く予測できない領域と戦線を選び、いつも相手に大きな心理的動揺をもたらす部位に打撃を加える)/最小の消費(目標を実現するに足る最低限度の戦争資源を合理的に使う)/全過程のコントロール(戦争の開始、進行、収束の全過程で絶えず情報を収集し、行動を修正・調整、常に情勢をコントロールする)〉などが挙げられていますが、私がこの「超限戦」に着目するのは、まさに尖閣において中国がこれまで仕掛けてきた挑発の多くが、これらの原則にぴたりと合致するからです。
たとえば、二〇一〇年九月に起きた尖閣諸島中国漁船衝突事件のケースを検証してみましょう。
・共産党独裁政権の強力なコントロールのもと、軍事力、諜報機関、政治(日中会談の延期など)、メディア・広報、官製デモ、ネット、国連での発言、経済制裁(レアアース禁輸、修学旅行など渡航禁止、入管手続き遅延)、歴史観の刷りこみ等々、動員できるすべての戦争資源を組み合わせていた。
・中国人船長の勾留延長が決まった直後、中国は河北省内でフジタの社員四名を拘束し、予測できない戦線を作り出した。
・目標である船長の早期無条件釈放を達成した後は、日本政府を深追いせず、事態の収拾にシフトした。またレアアース禁輸などの最低限度の手段に留めた。
こうした「戦い方」は、その後の中国による様々な挑発――EEZ内への潜水艦の無断通過、自衛隊の艦船などに対するレーダー照射、防空識別圏の一方的な主張、自衛隊機への異常接近など――にも共通しています。冒頭で、「すでにバトルは始まっている」と述べたのはこうした事態を踏まえてのことなのです。