米国大統領選が幕を開けました。本選は二〇一六年一一月ですが、民主党の本命候補であるヒラリー・クリントンが立候補を表明したことで、舞台は整いました。ホワイトハウス奪還を目指す共和党側は、穏健派のブッシュ、保守派のウォーカーの二強以外にも、いきのいい若い上院議員が多数参戦して混戦模様です。毎回のことですが、今後一年半の国際情勢を理解するうえで、米大統領選の影響という視点は重要な切り口となります。米国最大の政治的なお祭り騒ぎは、世界中に対して影響があるのです。

 本稿で取り上げるのは、しかし、初の女性大統領を目指すヒラリーの立候補が持つ歴史的な意義という、もう少し長期的な視点です。女性の社会進出という観点で言えば、最高権力者が女性という例はそれほど珍しくなくなりました。名実ともに欧州の盟主の地位にあるドイツのメルケル首相は、手堅い政治手法と信頼できる人柄でリーダーシップを発揮しています。ドイツに限らず、大陸欧州の国において女性のリーダーはもはや珍しい存在ではなくなりました。

 アングロ・サクソンの国でも、英サッチャー政権や、豪ギラード政権などが存在してきました。女性の社会進出が遅れるアジアでも、インド、パキスタン、フィリピン、韓国などが女性リーダーを輩出しています。そんな中、米大統領選におけるヒラリーの存在に改めて注目が集まるのはなぜでしょうか。

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 もちろん、米国という国の存在感というのはあるでしょう。相対的な存在感が低下したとはいえ、米国が超大国である事実は変わりません。足下の米経済は好調であり、いまだ世界的なイノベーションのほとんどは米国発です。米大統領は、世界最強の軍隊の最高司令官であり、その判断は世界中に大きな影響を与えます。誤解を恐れずに言えば、世界の最高権力者を女性が担ったならば、それは、女性の上昇を阻んできた最後のガラスの天井が砕けた瞬間であり、特別の象徴性があるのです。

 私は、しかし、ヒラリーの象徴性はその点にとどまらないと思っています。それを理解するためには、彼女のこれまでの歩みを振り返ってみる必要があります。ヒラリーはぽっと出た人気女性候補でもなければ、カリスマ支配者の一族の二世、三世の候補でもないからです。思うに、世界の女性指導者にはいくつかのパターンが存在します。

ヒラリーの正面突破

 一つ目のパターンを、組織官僚型としましょう。このパターンでは、リーダーの選出競争が当該組織内の論理で決まってきます。リーダーは、選出時点で、一定程度組織内に権力基盤を有しています。それが、前任のリーダーに重用されたという場合もあるでしょうし、組織内の一派閥を代表しているという場合もあるでしょう。国民一般に対して女性リーダーの存在を強烈にアピールするという構図は相対的に弱く、女性リーダーの存在がある程度一般化している欧州などはこのパターンが多いようです。

 二つ目のパターンは、名付けて組織ポピュリズム型です。このパターンは、政党に代表される支配集団のグループに一定の組織力が存在することを前提に、組織が女性をリーダーに据えることでポピュリズム的な推進力の獲得を目指すときに出現します。ポイントは、選出された時点では、当該女性リーダーには組織内に十分な権力基盤が存在せず、多かれ少なかれ「お飾り」であったという点です。リーダー選出後に実力を発揮し、権力基盤を固めることで本格政権を樹立したサッチャーの例もあれば、それができずに早期退陣に追い込まれたギラードの例もあります。

 三つ目のパターンは、王朝型とでもいうべきものです。このパターンを規定する政治的動機は、王朝的な権力集団の維持にあります。最高指導者に選出される女性は、強大な権力を誇った最高指導者の娘である場合が殆どです。アジアの女性指導者はたいていこのパターンに属します。南米には、最高指導者の妻が権力者化するパターンも存在しますが、お国柄でしょうか? 娘の場合にも、妻の場合にも、権力者は王朝の維持のために強烈な権力を振るうことが多く、その政権基盤は王朝のそれと運命をともにすることが多いようです。

 実は、ヒラリーは以上のどのパターンにもはまりません。米国政治では、政党の組織力が弱く、政党内のリーダー選出プロセスも広く国民に開放されています。結果として、一つ目や二つ目のパターンが原則として存在しません。二〇〇八年の大統領選挙をオバマと争った共和党のマケイン候補が、副大統領候補にサラ・ペイリンを指名したのはこの原則に対する数少ない例外でしょう。結果的には、ペイリンの資質の問題もあり、もともと劣勢にあったマケイン陣営の起死回生の奇策は不発に終わりましたが。

 元ファーストレディーの経歴に対して、クリントン王朝の後継者だという見方もあるかもしれませんが、私は当たらないと思います。ヒラリーは、ニューヨーク州選出の上院議員を務め、激戦の大統領予備選に敗れた後にオバマ政権で国務長官を務めた存在です。クリントン家自体は、米政界において王朝を形成するほどまとまった存在ではないし、ヒラリーは単純な王朝の後継者としては実力を備えすぎています。

 この点が、ヒラリーの象徴性の核心であると言ってよいと思います。つまり、組織に守られることなく、ポピュリズムに訴えるだけではリーダーになれない世界で、実力で最高権力者の座を取りにいったということです。ヒラリーの挑戦は、女性の社会進出にとって、ある種の正面突破なのです。だからこそ、話題になり、女性指導者の存在を望む者にとっても、それを阻みたい者にとってもスキャンダラスな存在となったのでした。

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