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主戦場は経済分野

 しかし、先ほども述べたような内向きになっている米国民の支持を集めるための主戦場は、経済分野です。SNSで流した立候補表明の動画では国内経済重視を鮮明にし、中間層の底上げを中心に据えました。

 ヒラリーの本来の支持基盤は、民主党の中でも中道からリベラル寄りの層であり、女性票です。上院議員を務めたニューヨーク州の進歩的な気風においてはこの立ち位置でよかったのですが、前回出馬した予備選では、共和党との大統領選本選を意識してマイルドな保守層を取り込むために中道に立場を変えました。それが裏目に出て、特にリベラルな傾向を持つ非白人層と若者の熱狂的な支持を集めたオバマに足をすくわれたわけです。

 今回は、民主党の大本命として党内での立ち位置をそれほど意識せずに、幅広い支持基盤を取りにいけるはずです。オバマ政権の支持層を獲得するために、同政権が導入した医療保険改革を守り、現実的な移民政策を主張して中低所得者や非白人層の支持獲得を目指すでしょう。

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 同時に、マイルドな保守層を含む女性票の上積みも図るでしょう。そのためには、戦闘的なフェミニズムは一時封印する一方で、孫をかわいがる「おばあちゃんキャラ」を前面に押し出し、家族の価値を重視する有権者の取り込みを目指すはずです。対共和党の本選では、共和・民主の間を揺れ動く激戦州で勝利することが最重要であり、そこで鍵を握るのは白人中間層の有権者だからです。もちろん、個別の政策にはあちらを立てればこちらが立たずという側面がありますので、経済回復の恩恵を幅広い層に行き渡らせるというメッセージが中心になるはずです。

 そんな、横綱相撲の選挙戦にあって、波乱要因は三つほど考えられます。一つ目は、共和党候補がどのようなプロセスを経て誰に決まってくるかということ。二つ目は、今後一年半の景気動向。三つ目はオバマ政権との距離感です。

三つの波乱要因

 共和党は混戦模様ですが、はっきりしているのは、それぞれの候補の仮想敵がヒラリーであることです。今後一年半の間に共和党が一枚岩になれる論点が出てくると、ヒラリーには不利に働くのではないでしょうか。国内でのオバマ政権や民主党のスキャンダル、中国が予想外に強硬な行動に出るなど対外的に米国の指導力が試される事態がそのような論点として想定されます。

 二つ目の景気動向は痛し痒しというところがあります。好景気は政権の座にある民主党に追い風のようでいて、歴史的には経済分野が得意な民主党に不利に働く傾向もあるからです。日頃は主義主張がバラバラな共和党陣営も、好景気においては減税の一点で共闘でき、党としての底力を発揮できます。

 三つ目のオバマ政権との距離感では、最近でこそ蜜月ぶりをアピールしている二人ですが、政権側近にはヒラリーを毛嫌いしている者が多いと言われています。オバマは残りの任期中、歴史的な業績作り(レガシー・ビルディング)に力を入れるはずです。再選を気にする必要のない大統領は自らの支持基盤に不人気な政策にも踏み込むことができます。民主党の支持基盤が割れるような政策が出てくると、ヒラリーとしては対応に苦慮するでしょう。警察によるマイノリティーへの暴力に端を発した人種的緊張や、貿易に関する論点などが典型です。

 その意味で、日本にも影響が大きいのがTPPへの対応です。

 民主党の支持基盤の団体の多くは自由貿易に対して概して懐疑的で、ヒラリー自身、TPPについて本音では賛成でしょうが、これまでのところ賛否を明らかにしない曖昧戦略をとっています。オバマ大統領にとって、二期目の目玉にしようとしている政策について、同じ党の本命候補が懐疑的であるというのは苛立たしい展開です。

 今後どんな展開を見せるか分かりませんが、ヒラリーの選挙戦が米国を動かし、世界を動かすことになるのは間違いないでしょう。ヒラリーは良くも悪くも米国における本流(≒普通)の傑出したリーダーですが、女性の社会進出に対してどのような影響を与えるかという一点においては、歴史的な象徴性を持っています。経歴・経験ともに申し分ない候補は、挫折を経験して人間として成熟を深めたようです。彼女の正面突破が世界を変えることになるか、世界中が注目しています。