1ページ目から読む
2/4ページ目

テレビ業界では、ディレクターの地位がすっかり落ちちゃっているんです

―― 『ケンボー先生と山田先生』では、見坊豪紀(けんぼう・ひでとし)と山田忠雄という二人の辞書編纂者に焦点を当てましたが、どんな部分に惹かれたんですか?

佐々木 惹かれたというか、どんなネタでもどこか自分の境遇に重ねてしまうところがあって……。この番組も、自分と山田先生をダブらせてしまう部分がありました。

―― どういうことですか?

ADVERTISEMENT

佐々木 山田先生は辞書編纂者として長い間、葛藤を抱えていた人です。どれだけ頑張って仕事をしても、編纂者として大きく名前が取り上げられるのは金田一京助先生や見坊先生だった。自分の仕事だという強い自負があるのに、なかなか自分の名前が表に出ない。その後、山田先生は『新明解国語辞典』の編纂を担いますが、その時には「編集主幹の座を見坊先生から奪った」などと言われてしまう。

 この二人の関係は、一言で言うと「恩讐」の物語だと思うんです。恩義と復讐。それまで僕も「プロデューサーのお陰でチャンスを与えられて、好きな番組を作ることができた。……だけど、企画も制作も自分が行ったのに、いつの間にかプロデューサーが作った番組ということになっている」ということに対して複雑な気持ちを抱えていました。だから、その頃の自分の心境とすごく重なっているんです。個人的な妄執が反映されている(笑)。

『ケンボー先生と山田先生』より 山田忠雄(左)と見坊豪紀(右) ©NHK

―― テレビの世界で言うと、プロデューサーとディレクターの関係が、見坊先生と山田先生に似ていると……。

佐々木 一概には言えないですけど、よくこういうインタビューで表に出るのはプロデューサーが多いと思います。でも、実際に番組を作ってるのは、ディレクターなんですよね。かつては各局に名物ディレクターがごろごろいたのに、この20、30年の間にテレビ業界では、ディレクターの地位がすっかり落ちちゃっているんです。プロデューサーの中にはディレクター的な関わり方をしている人もいますけど、多くの場合はいわゆる管理業務です。一個の番組に、最も長い時間関わっているのはディレクター。だから、誰の作品かと言ったら、確実にディレクターの作品なんです。ですが、どんなに頑張ってもほとんど表に名前は出ない。そういうことへの不満があったのは事実です。

『ケンボー先生と山田先生』より ©NHK

保守的なドキュメンタリー界隈からはすごく嫌われていると思います

―― この作品がイケると思ったのって、やっぱり日付の発見ですか?(※山田先生が編纂した『新明解国語辞典』(第四版)の【時点】の語釈の中に書かれている用例に「一月九日の時点では、その事実は判明していなかった」と妙に具体的な日付が書かれているのだが、実はその日付が大きな意味を持つ日付だということが、ある関係者のインタビュー記事から判明する)

佐々木 そうですね。予感はあったんです、「一月九日」に関しては。ただ、それを見つけようと思ってやっているわけじゃなかった。“トロール作戦”と自分で呼んでるんですけど、ひたすら雑誌から新聞からあらゆる情報を集めて、それを乱読する。そうすると、何かと何かの情報が結びつくことがあって。この時もそうで、偶然「一月九日」という日付が結びついたんです。家で布団に寝転がって資料を読んでいたんですけど、「あれ? これとこれが結びつく」と思った瞬間に飛び上がった。布団からワーッと。

―― 空中浮遊(笑)。

佐々木 空中浮遊ですよ! 体がバーンと跳ね上がって。「これは俺、すごいことを見つけちゃったんじゃないか?」って。この日付は資料の中で何度も目にしていたんです。「一月九日」をツッコむ『新解さんの謎』の赤瀬川(原平)さんの文章も読んでいたし、証言の中の「1月9日に打ち上げがあった」という文章も読んでいたんですが、それが同じ日のことを言っているという発想がなかった。「あ、これは俺が世界で初めて気づいた」と思った瞬間、妻に「今、俺、すごいこと見つけちゃったんだけど!」って興奮して言いました(笑)。

『ケンボー先生と山田先生』より ©NHK

―― いやー、すごいですよね。辞書の中の序文や語釈、用例をつぶさに読んでいくと二人の物語になっているっていう。僕、原作を『国語辞書』ってクレジットにして映画化してほしいって思っちゃいました(笑)。

佐々木 原作『国語辞書』(笑)。

―― これが、本格的なドキュメンタリーとしては最初の作品ですか?

佐々木 いや。最初の『すくすく子育て』の中で作ったドキュメンタリーもありましたし、『にっぽんの現場』という番組でも「ベッド難民は何処へ行く」という高齢者の医療問題を扱った正統派のドキュメンタリーを作ったりはしていました。……あ、でも、何というか、いまだに自分のことを「ドキュメンタリスト」だとは思っていなくて、あくまで自分は情報バラエティの出身だと思っています。

―― ドキュメンタリストと呼ばれるのには相当抵抗がありそうですね(笑)。

佐々木 大体、テレビ番組のコンクールって、ドキュメンタリー部門が一番エラそうなんですよ(笑)。「ドキュメンタリーでござい」っていうエラそうな感じがどうも好きになれなくて……(笑)。それに僕のスタイルは、保守的なドキュメンタリー界隈からはすごく嫌われていると思いますよ。CGとか入れちゃうから。