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「辞書」から「えん罪」まで ドキュメンタリー界の“異端児”佐々木健一とは何者か?

NHKエデュケーショナル 佐々木健一さんに聞く「ドキュメンタリーの方法」 #1

note

豪華そうに見えて、実はお金がかからなかった演出方法

―― 演劇的な演出とか、アニメとかも入れてますよね?

佐々木 毎回、必然性があるからやっているんです。『ケンボー先生~』の話で言うと、まず、一般の人は国語辞書ごとに違いがあることが分からないじゃないですか。それに、よくある再現ドラマをやっても、視聴者は驚かないから印象にも残らない。

『ケンボー先生と山田先生』より セットがまさに演劇空間 ©NHK

―― 演劇の舞台のような演出にした発想の原点はあったんですか?

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佐々木 ニコール・キッドマンが主演したラース・フォン・トリアー監督の『ドッグ・ヴィル』という映画の演出です。全編セットの中で撮影している映画なんですが、大学の頃に見ていて、そういうことができたらいいなと。それでNHKの結構大きなスタジオを確保したんですが、ドラマじゃないので2日連続でしかおさえられなかったんです。それで事前に自分で全部絵コンテを書いて、ガーッと一気に2日間で撮影しました。迷ってる時間もないので……。セットにも予算がかけられないから、建物の骨組みだけのような舞台空間にしたんですが、逆に視聴者に想像させる手法になったと思います。

―― でも、あの番組見た時、すごい豪華な番組だなって。

佐々木 思いますよね? でも、あの演出スタイルはお金がかからないんです。番組設計はメチャクチャ大変ですが、それはもうディレクター1人が背負えばいい話なので。

『えん罪弁護士』で「ナミナミ人間」を登場させた理由

―― 『Dr.MITSUYA』ではCGを駆使して演出をされていましたね?

佐々木 これもより分かりやすく伝えたいという必然性あってのことです。エイズという病気自体がどういう機序で起こるのか、実はちゃんと知られていない。それをなるべくわかりやすく説明したいから、手法としてCGを選んだんです。

『えん罪弁護士』で言うと、まず、裁判の映像を一切使えないじゃないですか。それと、冤罪が晴れた人の出演が叶わなかったこともCGを使った要因の一つです。最初は、冤罪が晴れた方は取材に応じてくれると思っていたんです。だって、無罪なんだから。でも、その考えは甘かった。一度疑いの目で見られたことで、世間の目もあるし、もう過去を忘れたいなどいろんな理由で、出ていただくことは難しかったんです。

『Dr.MITSUYA』より ©NHK

―― 確かに誰も出てなかったですよね。

佐々木 当事者も出られないし、裁判の映像もない。だからCGを使わざるを得なかったんです。ただ、せっかくCGを使うんだったら、よくあるシルエットっぽいものよりも、「ナミナミ人間」にすることで人物を抽象化して、“揺れる線”で冤罪被害者の感情を表現しようと思ったんです。よくある感じの、裁判のセットに思わせぶりな照明を当ててイメージカットを撮って……という演出はやりたくなかった。

『えん罪弁護士』より 「ナミナミ人間」のCGで感情を表現した ©NHK

―― でも、先ほどおっしゃっていたように、こういうスタイルに批判的な声もあるんですね?

佐々木 ドキュメンタリーとして「作為的だ」とか、いろんな意見はあると思います。でも、そんなことを言っているのは日本のTVドキュメンタリー界だけで、海外は映像的にも刺激的で、見せ方を工夫している新しいドキュメンタリーがどんどん出てきている。自分はそもそも、あまりジャンルにとらわれていないんですよ。バラエティ番組だから再現ドラマがOKで、ドキュメンタリーはダメという考えもない。それぞれに有効な、適した表現をすればいいじゃないか、と思います。「ドキュメンタリーはちょっと退屈だけど、大事なことを伝えています」っていうんじゃなくて、まず「面白い」と思ってほしい。