厚労省が最優先すべきは、検査体制の整備だ。既にウイルス検査のシステムは、スイスの製薬企業ロシュや米疾病予防管理センター(CDC)が確立し、海外にも導出している。その気になれば、すぐに国内に導入できる。
ところが、安倍政権は国立感染症研究所で検査体制が整備されるのを待つと表明している。
国立感染症研究所は厚生労働省が所管する研究所だ。本務は研究であり、大量の臨床サンプルを処理することではない。そもそも、国立感染症研究所にそんなキャパシティはなく、ダイヤモンド・プリンセス号の乗船者約3,000人の検査を求められた菅官房長官が「現状では厳しいものがある」と答えざるをえなかったのも当然だ。
民間の検査会社は「毎日20万件以上の検査を受託している」
大量のサンプルを検査するのは、本来、民間の検査会社の仕事だ。国内受託検査事業の大手であるエスアールエルは、毎日20万件以上の検査を全国の医療機関から受託している。
RT-PCR法を用いたウイルスの遺伝子検査は肝炎ウイルスやHIVなどで臨床応用されており、ありふれた技術だ。厚労省が新型コロナウイルスの遺伝子検査を保険承認すれば、数日で検査の体制を立ち上げるだろう。なぜ、厚労省が民間に委託しないか理解に苦しむ。
私は厚労省と国立感染症研究所の内輪の都合が優先されていると考えている。
今回の新型コロナウイルスの流行では、検査だけでなく、治療薬やワクチンの開発も国立感染症研究所が担当するそうだ。巨額の税金が研究開発費として投じられるだろう。
長期的な視野に立つ基礎研究ならともかく、早急な臨床応用が求められる創薬や検査の開発は、メガファーマや検査会社の仕事だ。「研究所」では彼らと競争できない。なぜ、安倍政権は、民間に競争させず、国立の研究機関に独占的に業務を委託したか、「国民の命より、官僚の都合を優先した」と言われても仕方ないのではないか。
私は、新型コロナウイルス対策の迷走の責任は厚生労働省にあると考えている。多くの官僚は真面目に業務に励んでいる。ただ、その方向性が間違っており、利権も絡む。
「停留は正しかったのか」検証を
ダイヤモンド・プリンセス号に停留を命じているのは横浜検疫所長だ。現在、その任にあるのは医系技官の北澤潤氏だ。検疫所長は、感染者の人権を制限する絶大な権限を有する。権限は責任を伴う。ところが、北澤氏が停留の必要性について公に説明したことはない。
記者会見に応じるのは加藤勝信厚労大臣や厚労官僚たちだ。日本銀行の政策を財務大臣が説明するようなものだが、このことを問題視する人はいない。
こんな状況では誰もが無責任になる。ダイヤモンド・プリンセス号の検疫失敗は、医学の歴史に残る事件だ。世界に大きく報じられ、日本のイメージを悪化させた。東京五輪の開催にもマイナスの影響を与えただろう。
ダイヤモンド・プリンセス号の検疫は人類が経験したことがない大仕事だ。ところが、厚労省は、十分な情報を収集せず、大した覚悟もないまま停留を指示してしまった。今回の泥沼の事態は当然の帰結だ。今後、このような悲劇を繰り返さないためには、騒動が一段落した段階で、冷静に検証する必要がある。