ニートには見られたくなかった
大川さんは親からの支配や過大な期待があり、そして一方的な価値観による押し付けがある。
だからこそ、大川さんも仕事を辞めた後、何かをしていなければならず、生計者としての父親の顔色を窺いながら暮らしていた。理想的な仕事を求めて頑張っている姿を見せようとしていたのだ。
社会的な圧力も機能しているのだろう。ニートという用語を皆さんはどのように受け止めるだろうか。インタビューを通じて何人もの当事者が「ニートにはなりたくなかった」「ニートと見られたくなかった」と答えている。社会はニートを無気力で自堕落な生活をしている者のように捉えているのかもしれない。
日本では「15~34歳までの非労働力人口のうち通学・家事を行っていない者を指しており『若年無業者』と呼称される」(厚生労働省)。
何かをしていなければ非難され、社会通念や社会常識とも反する立場だ。そのなかで生きる手段として機能したのが、大川さんの場合は建前としての「公務員志望」だった。
30歳でひとり暮らし
「ひとり暮らしを始めたのは、30歳くらいのとき。理由は、親が自分を見る目がいやで、耐えきれなくなったからでした。それで、親に『ひとり暮らしをさせてくれ』と頼んだのです。ただ、お金がそれほどあるわけじゃないので、家賃や生活費は自分の貯金の取り崩しと、親からの仕送りで賄っていました。親の援助を受けていたときは、経済的にそれほど困ることはなかった。
むしろ精神的につらかったのは、『このままじゃいけない』と考えているのに、何もできていない自分がいて、どうしたらいいんだろうと自問自答を繰り返すことです。いろいろ試してはいるんですけど、なかなか答えは見つからない」
大川さんは関係が良好ではない親から離れて、ひとり暮らしを選択することにした。しかし現実には、低所得状態にあるひきこもり当事者がひとり暮らしをするのは困難だ。ひとり暮らしは初期費用だけでなく、家具・家電製品をそろえたり、毎月家賃の支払いに追われてくる。
低所得の若者やひきこもり当事者が、ひとり暮らしを妨げられていることを立証した調査(ビッグイシュー基金『市民が考える!若者の住宅問題&空き家活用』『若者の住宅問題』―住宅政策提案書[調査編]―・2013年)がある。この調査によれば、親と同居する理由の約半数を占めるのは、「家賃が負担できないから」であった。さらに、賃金や収入が低く、家賃を払いたくても払えない若者は、親に依存しなければ生きていけないという状況が見えてくる。だからこそ、低所得であればあるほど、親と同居している。
当然だが、ひきこもり状態にあれば、仕事ができないので、経済的なサポートを誰かから受けなくてはならない。一番支援を受けやすいのは親であろう。
しかし、親元を離れても親の経済力に依存しなければ生活ができないのであれば、親の支配から抜け出せない。親の影響力は当然大きいものとなり、大川さんのような自問自答を招くことになる。