肉汁がじゅわっと口全体に広がり、甘くて重厚な香りが鼻に抜ける。和牛の美味しさを表現したら、こんなふうになるだろうか。
岩手県久慈市の山形地区で飼育されている「日本短角種」は、それだけでは済まない。歯ごたえが心地よい。噛めば噛むほど味が出てきて、いつまでも旨みが続く。胃袋に収めるのが惜しくなってしまうほどだ。
さすがに「赤身肉の最高峰」と言われるだけのことはある。脂身もしつこさがなく、カリカリに焼くと香ばしい。スジの美味しさが際立つのは「べご汁」だろう。特産の「凍み豆腐」などと一緒に、地元産の味噌でこつこつ煮込む。
評価が激変した「幻の赤身肉」
「絶品です。シンプルなのに深みがあって」。久慈市役所の山形総合支所で日本短角種の振興を担当している谷地彰係長(45)が語る。谷地係長は説明しているうちに味を思い出してしまったのか、頬がだんだん紅潮してきて幸せそうな顔になった。
だが意外なこ
それにしても、なぜ評価が激変したのか。そもそも日本短角種とは、どんな牛なのか――。
和牛には4種類ある。体毛が黒い「黒毛和種」、体毛が褐色の「褐毛和種」、黒毛だが角がない「無角和種」、そして褐毛が多い「日本短角種」だ。それぞれ明治時代から、各地で土着していた在来種に、海外の牛を掛け合わせて改良された。日本短角種は、岩手県や青森県などの旧南部藩のエリアで飼われていた南部牛に、英国原産のショートホーン種を掛け合わせて作り上げられた。ショートホーンは世界三大肉用種の一つである。
日本短角種は全国に7627頭しかいない
和牛4種のうち、全国で最も多く飼われているのは黒毛和種だ。独立行政法人「家畜改良センター」のまとめでは、2019年末の時点で167万6495頭となっている。次は褐毛和種で2万2692頭。無角和種は山口県内で飼育されており、201頭だけだ。
日本短角種はそこまでではないものの、7627頭しかいない。そのうちの9割が北海道、青森、岩手、秋田の4道県で飼われており、3230頭の岩手県が最大の生産地だ。なかでも肥育が盛んなのが久慈市の山形地区である。