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 明治期の改良後は絶えてしまった南部牛だが、がっしりとした体つきで、三陸沿岸で生産された塩などの運搬に使われていた。冬の寒さが厳しい地方に定着してきただけに、寒冷には強かったようだ。皮下脂肪が厚く、コートのような役割を果たしていたとみられる。その血を引く日本短角種も皮下脂肪が厚い。その分、筋肉の間に脂肪が入りにくく、赤身肉になる。

「そもそも山形地区では食べられていませんでした」

 牛は種によって脂肪のつく場所が異なる。現在の黒毛和種のルーツは兵庫県、岡山県、鳥取県などの西日本で、暑さに強い。脂肪は皮下よりも筋肉の間に細かく入り、脂肪交雑となる。サシが入った「霜降り肉」になりやすいのである。

 どれくらい違うのか。和牛の霜降りの度合いは1~5の等級で表され、最も脂肪交雑が多いのが5等級だ。赤身肉になるほど等級が下がる。黒毛和種は、肥育技術の進歩で5等級がざらに出る時代になった。日本短角種は和牛4種で最もサシが入りにくく、2等級が多い。

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山深い土地だ。久慈市の山形地区には約31万本と日本一の白樺林がある

 日本では霜降り肉が高級とされてきたため、和牛と言えば黒毛和種の代名詞になった。かたや日本短角種は安価な牛肉としか扱われてこなかった。

「そもそも山形地区では食べられていませんでした。運搬に使われなくなった後も、肉として売り物だったからです。このため地元でも価値が分かっていませんでした」と谷地係長が話す。

 最初に日本短角種の素晴らしさに気づいたのは、有機農産物の共同購入を行っていた「大地を守る会」(東京)だ。日本短角種の存在を知った同会は「これこそ求めていた牛肉だ」と、1980年から会員向けに販売を始めた。「どのような肉か知らないと品質向上につながらない」と地元で食べるようになったのも、この頃からである。

自然の中でのびのびと健康に育つ

「大地を守る会」が注目した理由は「夏山冬里」と呼ばれる飼い方だった。雪深い冬は里の牛舎で飼う。新緑の5月を迎えると、山の中腹にある共同牧場へ移す。30~60頭のメスに対して1頭のオスの種牛を放ち、自然交配で繁殖させる。

「自然な発情に任せているから、妊娠する割合は90%ほどになります。黒毛和種は飼い主が発情時期を見極めて人工授精するのですが、人間の判断だけになかなか妊娠しないこともあります」と、人工授精師でもあるJA新いわて久慈営農経済センターの泉山祐介さん(40)は話す。

日本短角種は落ち着いていて、おとなしい。牧場の管理人がバイクで走る

 秋に山を下り、冬を越すと一斉に牛舎で出産が始まる。翌年は子牛も山の牧場に上がり、自然の中で育つ。

 山形地区では春から夏にかけて、太平洋から冷え冷えとした季節風のやませが吹く。「このやませに乗って海からミネラル分が運ばれてきます。山形産の日本短角種は、子牛の頃からミネラル分をいっぱい含んだ草を食べるので健康なのです」と谷地係長が言う。こうした自然に近い姿が、大地を守る会の会員に響いたのだ。