というのも、中屋敷さんが子供の時には近所にいっぱいあった畜産農家が減ってしまい、飼養頭数も減少の一途をたどっていたからだ。「こんなに美味しいのに、もったいない。やり方を工夫すればチャンスになるのではないか」と考えた。帰郷して、農家を継いだ。
中屋敷さんは日本短角種に魅せられている。
「子牛は夏の牧場でのびのびとストレスなく育ち、母の乳、山の水、山の草で体の基礎を作ります。だから美味しい肉になるのです。毎シーズン、緑いっぱいの山で過ごす牛を見ていますが、時が経つのを忘れてしまいます。牛も私も生かされているんだという実感が湧いてきます」
定年退職の翌日に“Iターン”して畜産農家に!
山形地区は北上山地に深く抱かれているにもかかわらず、人々は開放的で人懐っこい。消費者との交流にも積極的だ。消費者に近いからこそ、国産飼料100%化など様々な消費者の要望に応えてきた。試行錯誤することで高い飼養技術を獲得し、何でもやってみようというチャレンジ精神を身につけた。
その精神で今、取り組んでいるのが、餌の多様化だ。
「国産100%の飼料は小麦などを主体にしています。これだと肉の風味が強くなり、味わい深くなります。遺伝子組み換え作物は使わないという大前提を守りながらも、トウモロコシやビール粕など輸入原料も含めた新しい飼料を取り入れると、肉の味が全く別物と言っていいぐらい変わります。研究機関に調べてもらうと、肉の科学的成分はほぼ変わらないのですが、酸化のしやすさが違うようです。このため国産飼料100%ではほとんど変わらなかった熟成肉が、新しい飼料ではナッツのような匂いを醸し出すようになりました」と中屋敷さんが解説する。
レストランなどに肉を卸している総合農舎山形村の取締役、川村周さん(44)は「新しい餌の方が淡白で調理しやすいと言うシェフもいます」と話す。食べ方やファンに広がりが生まれそうだ。
こうした餌で、産地としての飛躍を目指そうと奮起している人がいる。葉阪裕子さん(61)だ。葉阪さんは栃木県の飼料会社で工場を差配する立場にあったが、昨年2月に定年退職し、翌日に山形地区で就農した。Iターン者が畜産農家になるのは、山形地区では史上初めてのことだ。
ビール粕を原料にした日本短角種専用の餌も
葉阪さんが日本短角種を知ったのは、20代に北海道の牧場で研修をしていた時だった。「草や笹を食べるだけなのに、それでいて太る。山に放しても、勝手に子供を生んで、子育てが上手い。野性的で、牛が本来持っていた機能を兼ね備えている」と先輩に聞かされた。
そのことを15年ほど前に思い出した。牛の専門雑誌で日本短角種の特集記事を読んだからだ。「見に行きたい」と思った。