博物館動物園駅が廃止された2つの理由とは
階段を降りると、きっぷ売り場の窓口が3つ。駅事務室とトイレ。マナー啓発ポスターには「寝そべり禁止」「演説禁止」などのマークがある。「物品販売禁止」のマークは叩き売りだろうか。京成の電車に乗っていた“寅さん”はどう思っただろう。
さらに階段を降りるとプラットホームがあり、車窓から見えたアナウサギが階段の下にいた。その隣に小屋があって、ここにもきっぷ売り場がある。晩年は乗降客も少なく、階上のきっぷ売り場は閉鎖され、階下に移設されたという。
博物館動物園駅が廃止された理由は2つある。乗降客の減少と、京成電鉄の輸送力アップだ。矛盾しているようだけど、順を追って説明しよう。
まず、もっとも集客に影響した上野動物園の入口が変わった。当初は上野動物園の北側に入口があって、そこに隣接するように、博物館動物園駅のもうひとつの出入り口があった。地上と下りプラットホームを結ぶ通路は一部がスロープになっており、子供やお年寄りに配慮していたようだ。しかし、肝心の動物園入口が閉鎖されたため利用客はほとんどなく、動物園側の出入り口は1960年代に閉鎖された。
廃止当時、終電は18時01分だった
次に、博物館動物園駅は京成電鉄の輸送力アップに付いていけなかった。プラットホームが4両分しかないからだ。しかも両端は壁際の足かけ程度。電車が到着するとき、車掌さんが「なるべく使わないでください」とアナウンスするほどだった。つまり、この駅は電車が2両編成~3両編成だと想定して設計された。それでじゅうぶんという時代だった。
しかし、高度経済成長にともなう沿線人口の増大に対応するため、京成電鉄は車両編成を長くする。6両編成の電車は停められない。東急や京急はドアの一部開閉で対応したけれど、京成電鉄は長編成の各駅停車を通過させて、4両編成のみ停車させていた。各駅停車も通過させた理由は、おそらくスピードアップのためだろう。
廃止当時の時刻表が構内に残っていた。下り電車は平日の7時台と8時台に7本ずつあるほか、9時台、10時台に4本ずつ。11時台、12時台は1本ずつ。終電は18時01分だ。博物館・美術館の利用客が主なら、これでじゅうぶんだったかもしれない。土休日は12時台が3本に増えるけれど、全体的には平日より少ない。これでも困らないほど、博物館動物園駅は上野駅に近すぎた。休止直前の1日あたり利用客数は約490人だったという。