ディーゼルカーのガリガリというエンジン音に誘われて車内に入ると、座席に大きなテーブルがセットされている。卓上には細長い重箱、その奥にロックグラスが3つ。ただし、中身は洋酒ではなく日本酒が注がれていた。
宴の支度は調った。あとは呑むだけ。列車にゆられ、移ろいゆく景色を眺める。レールの響き、酒の香り。列車の中で堂々と日本酒と料理を味わう。五感のすべてを使って旅を楽しもう。
ここは千葉県いすみ市、JR外房線の大原駅だ。乗り込んだ列車は、大原駅を起点とするいすみ鉄道の「いすみ酒BAR(バール)列車」である。日本旅行が企画し、2020年3月28日から同年6月27日まで、毎週土曜日に走らせる。
今日は2月15日、関係者を招いたお披露目運行だ。ツアーの行程は本番と同じ。大原を出発し、終点の上総中野駅に至り、折り返して大多喜駅まで。ただし列車は貸切扱いから一般車両扱いになって大原まで走る。参加者にはいすみ鉄道の1日フリー乗車券が配られるから、そのまま大原へ戻ってもいいし、さらに往復してローカル列車旅の余韻を楽しんでもいい。
千葉の地酒をもっと知ってほしい
さてさて、どんな美味があるのかな。
舌なめずりをしながら重箱のフタを開け、上段の箱を手前に並べた。献立のほとんどに地元の食材を使っている。1段目は大原産地魚のお刺身で、スズキ、ヒラメ、サワラ、カンパチ。隣はもんしち特製玉子焼き。大原産タコのおひたし。もんしち名物自家製豆富(とうふ)。2段目はいすみ野菜の煮物。なます。八千代牛のローストビーフ、白子産玉ねぎソース。大原産鮮魚(真鯛)のかわり揚げ。あさり真丈の天ぷら。
肴にしてはたっぷりあるぞ。お腹が膨れちゃう。嬉しいなあ。
献立に書かれた、「もんしち」は、料理と酒を提供する店の名前だ。茂原市にある古民家居酒屋。築300年の自宅を居酒屋とし、48年も地元の名店として愛されている。「いすみ酒BAR列車」は、いわば「もんしち」の出張店である。
地元の蔵から選ばれた代表選手たち
料理と酒は「もんしち」代表取締役で唎酒師、ソムリエの資格も持つ林紀子さんが選んだ。林さんは5年前から県内の酒蔵と共に「千葉日本酒活性化プロジェクト」を立ち上げ活動しているとのこと。そういえば千葉は都心から近いのに、地酒の話は知られていない気がする。
主役の地酒は3種類、東灘醸造(勝浦市)の「鳴海(なるか)」、藤平酒造(君津市)の「福祝(ふくいわい)」、木戸泉酒造(いすみ市)の「木戸泉」。内房の蔵、外房の蔵、地元の蔵から選ばれた代表選手たち。間違いのない布陣である。銘柄がわかりやすいように、色の違うコースターを敷いたところが良いアイデアだ。お酒の生い立ちを聞き、耳で味わう趣向もある。