京成上野駅から京成電車に乗り、地下区間を走り始めてすぐ右側に、下を向いた大きなウサギが見える。あっという間に通り過ぎてしまうから、ガラス面に手をかざして室内の反射を消して、目を見張って待とう。上野に到着する電車からは左側の車窓になる。
プラットホームの奥には「逆さウサギ」がいる
このウサギがいる場所が、京成電鉄の「博物館動物園駅」の跡だ。京成上野駅から0.9kmの地点にある。2004年に廃止されたけれども、地下のプラットホームや地上の出入り口は残っている。車窓から目をこらせば、複線の線路を挟む形の対向式プラットホームが見える。とくに上りプラットホームの奥には「逆さウサギ」がいて、電車から見物できるようにライトアップされている。
暗闇にたたずむウサギは、2018年に実施されたアートイベント「アナウサギを追いかけて」のために作られたオブジェだ。イベント開催時は駅舎地上部のドーム屋根の下に展示されていたけれど、イベント終了後は撤去された。それを京成電鉄が再利用して、プラットホーム階に移設した。まるでアナウサギが自分で階下に進んだようで面白い。掘り続ける姿もそのまま。もし、車窓からアナウサギを見かけなくなったとしたら、きっと地中の奥へ旅立ったと納得しよう。
もともと敷地は皇室用地だった
博物館動物園駅は1933年に開業した。京成電鉄の開業時の起点は現在の押上駅だった。京成電鉄は都心方向浅草への延伸を望んだけれども、東武鉄道の浅草延伸と競合するなどで断念。新たなルートとして、青砥から日暮里へ延伸し、さらに地下路線を建設して上野公園駅(現・京成上野駅)に至った。
このとき、日暮里と上野公園駅の間に、「博物館動物園駅」と「寛永寺坂駅」が設置された。寛永寺坂駅は戦後間もない1947年に休止、1953年に廃止された。寛永寺坂駅舎は、近隣の人々が利用する前提で機能重視の木造平屋だった。
その後、寛永寺坂駅はあっさりと片付けられた。駅舎は倉庫会社に貸し出された後、2016年に解体された。跡地はコンビニエンスストアになっている。対照的に「博物館動物園駅」は1997年まで現役だった。その後休止扱いとなり、2004年に正式に廃止された。しかし、現在も駅舎が大切に保存されている。
博物館動物園駅は重厚な西洋建築で造られた。帝室博物館(現・東京国立博物館)、恩賜上野動物園、東京科学博物館(現・国立科学博物館)、東京音楽学校・東京美術学校(現・東京芸術大学)の最寄り駅だった。敷地は帝室博物館内で、しかも皇室用地だったため、御前会議でデザインが討議されたそうだ。開業時はドーム屋根の下に立派なシャンデリアが下がっていたという。