脚本家スキータレツが残した桜木町での体験
私と妻は、桜木町で電車から降り、そこから荷車を1台やとって荷物を運ばせた。
山の手への坂道を荷車がのぼるのは困難で、私たちは、車の後を押して車夫を助けた。そして、ようやく車を山の手に押し上げてそこで一休みした。そこから私たちの借りた家までは、歩いて10分ほどの距離で、道は広く平坦であった。
やがて、私たちは再び歩き出した。私は妻と2人で、新居のことや家の前にある小ざっぱりした小庭のことなどを話し合った。庭からは横浜市街はもちろん、遠く富士山も見えるのである。庭に椅子を出して読書でもしたら、さぞ快適にちがいない。私たちは、この異国の新しい町でいとなむ新生活のことを考えた。
自転車が通り、着物を着た2人の日本婦人が、私たちとすれちがった。
眼下に横たわる横浜市街は、まるで蟻塚のように人々が往き交い、汽車が走り、電車が行き、掘割にはボートが動き、紺碧の海には、この世界的な大港湾都市に世界の各地から集ってきた大小さまざまな船が浮んでいた。
私と妻は、道の中央を歩き、後から車夫が荷車をひいてついてきていた。
汽車が近くを走るようなゴーッという音響と突風
その時、突然汽車が近くを走るようなゴーッという音響が押し寄せてくるのを耳にした。そんな近くに鉄道が走っているのか、私は地勢がわからなかったのでそのことを妻に言おうとした。が、猛獣のほえる声に似た響きとともにすさまじい突風が起って、樹木の枝が弓のようにへし曲った。
地下を走る列車の音が、私の足下から噴き上ってくるように思えた。その瞬間、大地が発狂したような速度で互いに前後に引っぱり合うのを感じた。篩(ふるい)の上にある穀粒がふるわれるように、私たちははね上げられた。
立ってはいられなかった。私と妻とは反対方向に数歩揺りはなされて、手をとり合うこともできなかった。
そのうちに私たちは、家の垣根にたたきつけられ、互いに抱き合って垣根にしがみついた。車夫は、荷物に抱きついている。
見ると、周囲のあらゆるものがパチパチと物凄い音を立てて揺れ、家々はこわされてゆく。今通った道を振り返ると、家が倒れ石垣が崩れているのが見えた。また道の前方にある平屋の人家が、二、三度大きく左右に揺らいだと思った直後轟音をあげて路上に倒れた。