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「この樹木をはなしたら死ぬ!」
私は、這ってでも家へ行くつもりでしたが、倒れた家で露地がふさがり進むこともできません。今にも傍の家が倒れはせぬかという恐怖で、私は物につかまりながら被服廠跡前の大通りへ辛うじて出ました。路上にも、多くの家が倒れていました。
道に並木がありましたので、私は樹木にしがみつきました。木も右に左に揺れていましたが、この樹木をはなしたら死ぬと思いました。
どれほどたった頃かわかりませんが、私の肩をつかむ人がいます。振り向くと、それは梅原という父の雇っている若い見習い職人でした。梅原の言うには私の家もすでにつぶれてしまったということで、ひどく悲しい気持になりました。
震動が少しゆるやかになったので、私は、梅原と被服廠跡の敷地へ入りました。空地の多い亀戸村へ逃げようかという話もありましたが、広い被服廠跡の方が安全だと思ったのです。その頃、町の中から火事が所々で起きはじめていました」