友人と浅草に遊びに行っていた14歳の少年が見た光景
小櫃政男という本所区柳島梅森町に住む14歳の少年がいた。かれは、柳島小学校卒業後、精工舎に入社し時計の組立てに従事していた。
9月1日は、休日だった。前日は給与支給日であったので、かれは小学校時代の同級生であった潮田文吉と浅草へ遊びに行った。
浅草はいつものように賑わいを見せていて、かれは白地の浴衣姿で映画街へ入った。時刻は、11時近くであった。
洋画専門の日本館では、フート・ギブソン主演の西部劇を上映していた。かれは、潮田と、胸を躍らせて館内に入った。
フート・ギブソンの演ずるカウボーイは二挺拳銃使いで、乗馬も巧みであった。政男は、弁士のせりふに耳を傾けながら画面に眼を据えていた。
頭上から絶叫! 3階で映画を見ていた客が床に落下
館内に入って1時間ほどした頃、不意に体が持ち上げられ、そして左右に激しく傾いた。と同時に、頭上から絶叫に似た声が起って、1階の椅子席に黒いものがたたきつけられた。
かれは、一瞬なにが起ったのかわからなかった。が、椅子席に落下したものが、3階で映画を見ていた客の体であることに気づいた。
館内は、大混乱におちいった。客は総立ちになると、出口に殺到した。その間にも、3階から2人の客が叫び声をあげながら落下した。
館外に出るも建物が倒れかかってくるような恐怖に
スクリーンでは、依然としてカウボーイが原野に馬を走らせている。地震でスクリーンが伸縮するらしく、画像はゆがみながら揺れていた。
政男は、潮田と人にもまれながらようやく館外に出た。前の道は鮨屋横丁で、余りの激しい震動に立っていることができず鮨屋の軒先の柱にしがみついた。が、その柱も大きく左右に揺れて、今にも店の建物が倒れかかってくるような恐怖に襲われた。
地面に手をついている者もいれば、よろけて倒れる者もいた。映画館の看板が随所で落下する音があたりにみちた。