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特集観る将棋、読む将棋

2020/03/07

将棋界を動かしているのは棋士だけではなく……

 控え室を出て見目鮮やかな庭園を通り、対局が行われている「明輝館」に向かった。入り口の靴箱は対局者用になっており、それぞれの名札が貼られている。少しでも間違いが起こる可能性が減るように、こういった細部にも工夫するのが運営の心遣いである。

対局者たちの靴箱 ©後藤元気

 対局を成立させる、もとい将棋界を動かしているのは当然ながら棋士だけではない。多くの人が将棋に理解を示し、力を出し合って準備をするおかげで、プロとして将棋を指す環境が生まれる。今回のようにイベントやタイトル戦の場にいると、そういったことが強く感じられる。

 担当する佐藤天-稲葉戦は、入り口に一番近い「橘の間」で指されている。主催紙の観戦記者は対局室に自由に出入りすることができるが、常に盤側に張り付いているわけではない。将棋ファンからすれば、せっかくの特等席なのにもったいないと思われるだろう。

 まだこの仕事に慣れていないうちは、一挙手一投足を逃さぬためペンを片時も離さず食い入るように最初から最後まで将棋盤と対局者を凝視するようなこともあった。しかしそれでは片手落ちで、観戦記の幅が狭くなるのである。

 記者個人の描写や主観がもたらすものなど、たかが知れている。それよりも、密室の中でひたすらに勝利を求め続ける棋士と、外の世界のさまざまな人や事柄を繋げて1つにしていく努力をしたほうが、よほど価値の高いことだと私は思う。

 静かな対局室で、喧騒の控え室で、たとえば取材に出た街中で、どこで何を見て何を感じるかは巡り合わせ次第。その人の運や姿勢によって与えられるものは変わってくる。心は対局室に置いたまま、観戦記者は幽体離脱のようにあっちにこっちにと、よりよいネタを求めてフラフラと彷徨うのである。

夜の明輝館、玄関 ©後藤元気

「○○は仲間になりたそうにこっちを見ている」

 話が脱線したついでに、夕食休憩のときの出来事をひとつ。

 今回は新型コロナウイルス対策のために、予定されていた2月26日の前夜祭、27日の多面指し指導対局、3月1日のこども将棋大会が中止となった。実施されたのは2月27日の色紙サイン会と大盤解説会のみだ。

 これらも運営サイドや出演する棋士らが細心の注意を払い、参加したファンが協力するかたちで慎重に進められていた。力を合わせてイベントを成立させよう、それでも将棋を楽しもうという意欲が感じられ、普段とはいささか趣きの異なる雰囲気もあった。

 それぞれが忙しく立ち回りながら、イベントに出演する棋士や運営スタッフ、取材陣は用意された弁当をかっこむようにして食べていた。対局者はさすがに違うが、それ以外は皆で同じ物をいただいた。

夕食のお弁当 ©後藤元気

 私は昼食時には記者仲間と、夕食では毎日新聞の観戦記を務めている関浩七段、自分の担当局の新聞解説をやってもらっている飯島栄治七段とテーブルについていた。

 いつものように飯島七段の、しょうもないことをさも重大事のように語る話術を楽しんでいると、向こうから両手でくるむように弁当を持った豊島将之竜王・名人が歩いてくるのが目に入った。

 他にも棋士や関係者はいたし、空いている席はいくらでもあるのに、豊島さんは真っ直ぐに我々のテーブルにやってきて、すんと立ち止まってニコニコしている。それはまるで、某有名ロールプレイングゲームに出てくる「○○は仲間になりたそうにこっちを見ている」の場面のようで、失礼ながらおかしくなって笑ってしまった。もちろんこちらも同席は大歓迎である。