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将棋界の「師弟戦」はなぜ尊いのか、そのドラマを振り返る

将棋界の「師弟戦」はなぜ尊いのか、そのドラマを振り返る

過去にはタイトル戦で激突した師弟も

2020/02/29
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 先日、森下卓九段―増田康宏六段の師弟戦が行われた。感想戦の最後に師弟戦について尋ねられると、師匠の森下は「最初だけは緩めてもらいました」(初対戦では森下の勝ち)と表情を崩す。対して増田が「これからもしっかり指して恩返しを」というと、森下は「そんな恩返しはしなくていい」と笑った。

 将棋界では師弟戦で弟子が勝つことを「恩返し」というが、これはホンモノではないと考える棋士もいる。

王座戦一次予選にて実現した「師弟戦」。森下卓九段(左)と増田康宏六段 ©相崎修司

 本当の恩返しとは「師匠を負かした棋士に勝つ」か「師匠が届かなかった地位に到達する」のいずれかだと森下は語った。

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 師匠が偉大であればあるほど、その地位を超えるというのは容易ではなくなるが、そこに達した時の師弟の喜びはいかほどだろうか――。

一次予選の1回戦の師弟戦は行わない

 師匠と弟子という関係はどこの世界でもあるものだろうが、師弟が直接ぶつかって自らの技を競い合うとなると、なかなか珍しいのではないだろうか。将棋界はその師弟戦が比較的起こりやすい世界だと考える。

 だがもちろん、それほど頻繁に起こり得るわけではない。日本将棋連盟の対局規定には師弟戦に関して以下のように書かれている。

1.トーナメント戦においては、一次予選の1回戦の師弟戦は行わない。
 ただし、二次予選や本戦の1回戦はこれには該当しない。
2.B級2組以下の順位戦においては師弟戦は行わない。
3.A級・B級1組の順位戦においては、師弟戦はリーグの中間で行う。
4.各順位戦の最終局には、兄弟弟子同士の対局は行わない。
5.その他のリーグ戦においても、最終局に師弟戦は行わない。

 なぜこのような規定が作られたか。業界用語でいうところの「味が悪い」からだろう。師弟でガチンコの勝負となればお互いにやりにくい部分はあると想像できるし、外野がいらぬ気を回すかもしれない。

 とはいえ一旦、盤を挟んでしまえばそこに師弟関係などなく、技量を争う2人の棋士がいるだけである。過去にはタイトル戦で激突した師弟もあった。将棋界における師弟戦の歴史を振り返ってみたい。

森下九段の師匠は、花村元司九段。賭け将棋の「真剣師」からプロに編入した伝説の棋士だ ©相崎修司

大舞台における師弟対決はなかなか実現せず

 近現代の将棋史を紐解くと、やはり1935年の実力制名人戦導入がターニングポイントとなった。関根金次郎十三世名人が名人位を返上し、現在に至るまでの名人戦の歴史が始まった。

 その名人戦において、第1期の名人決定戦となった木村義雄―花田長太郎(両者ともに関根金次郎門下)戦や、昭和の将棋史を語るには避けて通れない大山康晴―升田幸三(両者ともに木見金治郎門下)戦など、多くの同門対決があった。また名人戦の他にもタイトル戦は増えていったが、大舞台における師弟対決はなかなか実現しなかった。