なんて贅沢なドラマなんだろう。『コタキ兄弟と四苦八苦』の主役は古舘寛治と滝藤賢一の二人で、監督は山下敦弘。

 そしてそして、脚本は野木亜紀子である。どんなドラマを手がけてもハズレなし。高度の娯楽性を維持しつつ、さらに視聴者の意表をつく展開を提供する。そんな野木のオリジナル脚本を、テレビ東京の深夜ドラマで観ることが出来るとは、贅沢の極みだ。

 古滝家の兄が古舘で、弟は滝藤。二人の名字の頭をとって「古滝」。こんな内輪っぽいネーミングもどこか楽しい。予備校教師だった兄は堅物で神経質。弟は気ままなプータローだ。

ADVERTISEMENT

兄役の古舘寛治 ©AFLO

 そんないい加減な奴にかぎって、いい嫁さんと娘がいたりするが、さすがに嫁さんも愛想をつかし、家を叩きだされて、独身の兄の家に転がり込む。

 兄の一路(いちろう)の楽しみといえば、近所の喫茶店で本を読むことくらいか。喫茶シャバダバの看板娘が、さっちゃん(芳根京子)で、可愛いんだけど、どこか突拍子もない性格をしている。

 一路と二路(じろう)の共通点は無職ということだけ。そんな二人がレンタルおやじのバイトを始めた。時給千円で依頼人の話を聞いたり、世話を焼く。零細の便利屋だが、時給千円は安いだろ。

 そう、細かい金の話が、ちょこちょこ出てくる。第一話の冒頭では、店を出る客に「ピラフとコーヒーで九〇〇円です」と、さっちゃんが告げる。間を置かずに一路も席を立ち、コーヒー代金は「三五〇円です」。「五五〇円、お預かりします」。一瞬の間があり「二〇〇円のお返しです」。

 小銭のやり取りで始まる駄目男のドラマって、まるで成瀬巳喜男の映画じゃないか。そしてコタキ兄弟のタイトルは『カラマーゾフの兄弟』を連想させる。ドストエフスキーも金銭をこと細かに記す作家だった。

弟役は滝藤賢一 ©文藝春秋

 漱石にも共通する。『坊っちゃん』で、赤シャツの奸計で山嵐を悪者と思いこんだ主人公は、山嵐に奢ってもらった氷水の代金、一銭五厘を意地になって返そうとする。一銭五厘が人間関係をこじらせる。まるでマルクスの経済論だ。

 ある日、一路はレジの三万円をポケットに入れるさっちゃんを見る。彼女は魔がさして金を盗ったのか。天使のような笑みを浮かべる芳根京子を見ながら、懊悩する心優しい兄。

 そんな不器用な男を演じると、古舘寛治は冴えに冴える。彼の銀行預金は七万八三四円。彼は銀行で金を引き出し、隙を見計らい三万円をレジにそっと入れる。さらに四万円。妹のような彼女への愛情ゆえに全財産七万円を費す一路。

 ファンタジイのような愛が、金銭を細かく描くリアリズムで説得力を持つ。あの朴訥とした台詞回しがこの社会の現実と夢をリアルに浮かび上がらせた。

『コタキ兄弟と四苦八苦』
テレビ東京系 金 24:12~
https://www.tv-tokyo.co.jp/kotaki/