金足農業に取材して感じた衝撃
元永 さて、僕は一昨年の甲子園では、金足農業にとって2回戦となる大垣日大戦から観に行きまして。そのときに、中村さんと会ったら、「吉田輝星を見ましたか、すごいですよ!」って言われたことを覚えています。毎年、すごいピッチャーは現れますけど、「吉田はモノが違う」と。
中村 そうでしたっけ(笑)。でも、1回戦からすごかったですからね。雰囲気というか、存在感というか。頭も良さそうでしたし、ただ速いだけじゃなくて。ただ、あそこまで勝ち上がるとは予想していませんでした。
元永 そもそも、この本を書こうと思ったのは、やはり準優勝したのを見て?
中村 いや、最初は本にするつもりはまったくなくて。『週刊文春』で一年を振り返る特集の中で、「金足農業について書いてくれ」と依頼されまして。それで学校にうかがったんですけど、最初は吉田君ら3年生はなかなか取材許可が下りなかったんです。学業に集中させたい、ということで。それで、まずはベンチ入りしていた下級生とか指導者を取材しつつ、手紙を書いたりして、徐々に理解をしてもらって、ようやくレギュラーの3年生にも話を聞けるようになったという感じです。『金足農業、燃ゆ』の冒頭に、吉田君たちへの最初のインタビューの様子を載せたんですけど、こんな高校生がいるんだと、もう、おかしくておかしくて。なんていうのか、大人に矯正された感じというか、つくられた感じがまったくない。一発で、好きになっちゃったんです。それで、彼らを存分に書きたいという欲が抑えられなくなってしまって。
元永 本のあとがきで、〈甲子園で優秀な成績を収めると、以降、そのチームの練習や思想がスタンダードになることがある。しかし、金足農業の準優勝においては、そのような現象は起きていないし、今後も起きないだろう。〉〈金足農業のスタイルはどこも真似しないのではなく、どこも真似できないのだ。〉とありますが、中村さんの取材経験の中でも、それくらい特殊なチームでしたか。
中村 何度目かの取材で、金足農業伝統の「声出し」を目撃したんです。気持ちが入ってないということで、正座して、片手を上げながら、大声で「おおー!」って叫ぶやつなんですけど。
元永 ちょっと昭和を感じさせるような?(笑)。
中村 見てはいけないものを見てしまったのかなという気になりました。2018年の春先、ある記者が「こんなことをやっているチームは勝てるわけがない」と言っていたという話を知り合いのカメラマンから聞いたのですが、僕もその時点でこの光景を目の当たりにしていたら、同じことを思ったと思います。僕は高校野球における、名監督の条件とか、勝てる組織の条件とか、これが正しい正しくないと断定して語るのが嫌いで。でも、長年取材を積み重ねていくうちに、なんとなくこうかなと思うイメージはできてくるじゃないですか、どうしても。でも、金足農業を取材していくにつれ、それらの既成概念がすべて崩壊しました。やはり何が正しいかなんて簡単に言えない、と。それが一番楽しかったところですね。