昭和34年(1959年)創刊の総合週刊誌「週刊文春」の紹介サイトです。最新号やバックナンバーから、いくつか記事を掲載していきます。各号の目次や定期購読のご案内も掲載しています。

2020/04/06

「ウチがSLの運行を始めたのは1976年7月9日。国鉄からSLによる旅客列車が消えたのが前年の12月ですから、それからたった半年で本格的なSL列車を走らせた。SLの火を絶やさずに灯し続けてきたのは、私たちなんです。SL運転のリーダー、文化と技術を後世につないでいるという自負はみんな持っていると思いますよ」

 

 こう話してくれたのは、登録有形文化財にも指定されている新金谷駅の大井川鐵道本社で出迎えてくれた同社の山本豊福さんだ。

 今では北は北海道、南は九州まで全国津々浦々でSLが走っている。首都圏でもJR東日本が群馬で走らせているし、他にも東武鉄道、秩父鉄道、真岡鐵道がSLを駆く。最新鋭の電車ならば自動運転も視野に入ろうという時代にあって、前時代の“遺物”であるSLはすっかり人気の観光列車になっている。大井川鐵道は、山本さんが胸を張って言うように、そうしたSLの復活運転におけるリーディングカンパニーなのだ。静岡県の一介のローカル線が、である。

こちらは大井川鐵道の新金谷駅

「定期券は1枚も売れていない」秘境路線

 大井川鐵道は1925年に創業、1931年に現在の大井川本線である金谷~千頭間が開通した。山本さんによると、木材の輸送や大井川上流の水力発電所建設資材の輸送が目的だったという。さらに、戦後にも発電所建設のために現在の井川線が開通。井川線は本線終点の千頭からさらに山奥に遡っていく路線で、昔も今も沿線に住んでいる人は少ない。「定期券はここ数年1枚も売れていない」(山本さん)という秘境路線である。

大井川鐵道本社の山本豊福さん

「ただ、昭和30年代くらいからだんだん厳しくなっていくんですね。過疎化とかモータリゼーションもありますし、貨物輸送の主役だった木材は安い輸入木材に取って代わられて、発電所にしても水力発電から火力、そして原子力となっていく。そうなるとウチも厳しい。そこで観光路線へと舵を切ることにしたんです」(山本さん)

美しい大井川沿いの景色

 その立役者となったのが、当時の親会社・名古屋鉄道から出向してきた白井昭という人物。名鉄時代には7000系パノラマカーの開発にも携わった男だ。