まさか、武井咲(えみ)が“銀座の女”を演じて、これほど似合うとは。いま多くの視聴者とテレビ関係者が驚いている。
武井が主役を演じる『黒革の手帖』が、夏ドラマ最大の問題作――そう断言してよいだろう。ドラマ通の予想を裏切る痛快なヒットだ。
でもね、私には成功の予感があった。なんて書くと、後出しジャンケンめくけど。松本清張が原作を書いた『黒革の手帖』は何度もドラマ化されたという。とはいえ、私が観たのは米倉涼子バージョン(二〇〇四年)だけだ。
このとき米倉が演じた“夜のヒロイン”の存在感が圧倒的で、現在の『ドクターX』にまでつながる彼女の快進撃の起点となった。
米倉の印象があまりに強烈だったため、芸能ジャーナリズムは勘違いする。武井と米倉じゃ、格が違いすぎる。あんな小娘に、米倉のようなインパクトある演技ができるわけもない、と。
これが、まず記憶違いであり、見立て違いだ。米倉涼子は演技派とはほど遠い、大味な女優だ。色と欲の渦巻く夜の銀座で、男たちを踏み台に頂点へ昇りつめていく。そんな悪女を演じるには、小劇場風の演技力はなじまない。小技とは無縁の、構えの大きいパワフルな米倉だから、銀座の女を演じることができた。
武井咲も美人だが、やはり演技派ではない。武井はいま二十三歳。もう可憐で明るく清楚な役に甘んじている年齢ではない。私の勘だが、プロデューサーは武井に米倉にも通じるざっくり大味な、しかしハマれば万人受けする匂いを嗅ぎとった気がする。
理不尽な理由で、銀行を解雇された派遣行員が、顧客の借名口座から一億八千万円を横領する。それを元手に派遣ホステスをしていた銀座で一流クラブ「カルネ」を開店する。ハケンの時代。米倉が演じた銀行員は正社員だった。
貧困化が進行する時代、汚れた金が集まる銀座で、頂上を目ざす武井咲の姿は凜々しささえも感じさせる。
なぜ、そこまでカネに執着するか。親の借金で苦しめられた幼少時の映像が、ときおり甦る。客の暴言にも「お勉強させて、いただきます」と笑みを浮かべるヒロイン。米倉と違い華奢な身体と黒い瞳からは、ときおり凄味のあるルサンチマン(怨念)さえ漂い、観る者を惹きつける。
同じ派遣行員から銀座の女になった仲里依紗の怪演も見事。彼女たちと逆に男優陣は影が薄く、これも時代か。
▼『黒革の手帖』
テレビ朝日 木 21:00~21:54