昭和34年(1959年)創刊の総合週刊誌「週刊文春」の紹介サイトです。最新号やバックナンバーから、いくつか記事を掲載していきます。各号の目次や定期購読のご案内も掲載しています。

2020/04/18

「男は夜に奮い立つために、昼間は休むべきだ」という考え

 モソ語には「独占」「嫉妬」に当たる言葉がありません。一人の異性と関係を持ちながら、ほかの異性とも逢瀬を楽しむことはいくらでもあるのですが、こういう時、嫉妬したり騒ぎ立てたりすることは、非常に不道徳ではしたないことだとされています。日本で嫉妬というと、あたかも真の愛情の裏返しのように言われ、大目に見られることが多いのですが、もともと嫉妬はキリスト教でも「七つの大罪」の中に含まれる負の感情です。あまり他人にお勧めできるようなものではありません。

 モソ族の村を歩くと、男は働かず、トランプやビリヤードをして遊んでいるのをよく見かけます。その一方、女は大きな荷物を背負ったりして熱心に働いています。「男は夜に奮い立つために、昼間は休むべきだ」と考えられているからです。

 ちなみに、モソ族の男が走婚で選ばれる際の重要な要素は容姿や人柄で、経済力はほとんど重視されません。母子は父親とは関わりなく暮らすので、父親の経済力など当てにしても意味はないのです。

本当に子供に親は必要なのか

※写真はイメージです ©iStock.com

 先ほど、私は「自分の父親を知らないモソ族の人は多い」と書きましたが、もう一つ面白いことに、自分の母親が誰かも知らないモソ族の人も多いのです。

 それはなぜかというと、モソ語では母親を「アミ」といい、そして母の姉妹も同じく「アミ」と言うからです。つまり、家の中で「アミ」という言葉が飛び交っていても、誰が本当の血のつながった「母親」かはわからないのです。

 ちなみに、「母」と「おば」、「父」と「おじ」の言葉上の区別がない民族は、世界的に見るとむしろ多数派です。日本語や英語のように、これらを峻別するほうが少数派なのです。つまり、一つの家族に複数の母や父が存在するということです。わざわざこれらを区別する必要がなかったのでしょう。