『ピエタとトランジ〈完全版〉』(藤野可織 著)講談社

 推理小説に登場する名探偵は、なぜあれほどまでにしょっちゅう殺人事件に遭遇するのか。お約束といえばそれまでだが、そんな設定をアイロニカルに利用した短篇が、藤野可織の「ピエタとトランジ」(講談社文庫『おはなしして子ちゃん』所収)だった。著者はその後も続篇を書き続け、このたび『ピエタとトランジ〈完全版〉』として、一冊の本にまとまった。最後にはボーナストラック的に、最初に書かれた短篇「ピエタとトランジ」も収録されている。これが怪作。

 周囲で犯罪を引き起こしてしまう体質のトランジは、天才的な推理能力でそれらの事件を解決。彼女と高校時代に出会ったピエタは、その体質を面白がり、以来、彼女の助手を務めている。つまり二人はホームズとワトソンのようなバディ関係にあるのだが、本作は謎解きの要素は希薄だ。とにかくトランジの推理能力が圧倒的で、なんでも見抜いてしまうのだから。

 事件が多発し生徒数が激減した高校をなんとか卒業、医大に進学して女子寮に入ったピエタ。だが、その寮でも凄惨な事件が発生。トランジに助けられ生き延びたのは、ピエタと寮生の森ちゃんだけ。その森ちゃんはトランジの体質を知って、その後なにかと二人を構ってくるようになる。また、死が多発する世界は、次第にディストピアの様相をおびてきて……。

ADVERTISEMENT

 悪態をつきながらも協力しあい、互いを補完しあうピエタとトランジの関係が魅力的。痛快なのは、章を重ねるごとに彼女たちがちゃんと歳を取っていく点だ。五十代になっても七十代になっても、世界が破滅に向かいはじめても、二人は時にクールに、時にキュートに、冒険に繰り出す。男性に頼らず、家庭を築くことを放棄し、いつまでもパワフルに動き回る姿が新鮮。一方、二人につきまとう森ちゃんは対照的に、女性の出産を至上のものととらえている。つまりこれは、社会が女性に要請し続ける役割を拒絶し、自由に生きる女性像を描いた小説なのだ。

 次々と人が殺されていく悲惨な世の中が描かれるが、登場人物が差別や偏見のまじった発言をすると必ずツッコミが入るなど、モラルとアンモラルのバランスが絶妙。そのため、不謹慎きわまりない設定なのに、どこか品の良さも感じられるから不思議だ。作中に二回出てくる、二人が交わす「死ねよ」「おまえが死ねよ」というやりとりも、その乱暴な言葉の裏に絶対的な友情と信頼が感じられ、読者をも幸せな気持ちにさせてくれる。

 ところで。著者に話を聞く機会があったのだが、やはり執筆にあたってはシャーロック・ホームズのシリーズが念頭にあったという。森ちゃんはホームズの敵であるモリアーティ、トランジの姉の舞はホームズの兄のマイクロフトからつけた名前だとか。……みなさん、気づきました?

ふじのかおり/1980年、京都府生まれ。2006年、「いやしい鳥」で文學界新人賞受賞。13年「爪と目」で芥川賞受賞。『パトロネ』『おはなしして子ちゃん』『ファイナルガール』など著書多数。

 

たきいあさよ/1970年、東京都生まれ。ライター。著書に『偏愛読書トライアングル』『あの人とあの本の話』などがある。

ピエタとトランジ <完全版>

藤野 可織 ,松本 次郎

講談社

2020年3月12日 発売