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稼いだ給料を突っ込んで……写真家が廃墟化する「海外神社」を撮る理由(写真多数)

2020/05/03

「海外神社」をご存知だろうか?「海外」がつかない神社であれば、初詣、お祭り、七五三、などの年中行事がすぐに浮かんでくるであろうし、人によっては神道政治連盟や国家神道などというちょっと物騒な言葉を思い浮かべるかもしれない。神社とは、日本古来の宗教・習俗である神道の施設というあたりが常識ではないだろうか。

 さて、その神社に「海外」がつくとどうなるであろうか?  海外神社とは、現在の日本国の国境の外にあった、あるいは現在もある神社のことである。

泉神社(現・ジャングル)アメリカ・自治領北マリアナ諸島連邦サイパン島、1942年7月創立、2015年10月9日撮影

敗戦後に全て廃絶となった「海外神社」をたずねて

 1945年以前、日本国は大日本帝国であり、現在の日本国の領土の外に、植民地(台湾、樺太、朝鮮)、委任統治領(南洋群島)、傀儡国家(満洲国)、占領地(中華民国、東南アジア諸国)と様々な種類の領土をもっていた。神の子孫である天皇が統べる大日本帝国は神国であり、その広大な帝国領には、あまねく神社が造られていた。

 かつて大日本帝国の勢力圏内に創建された神社は、敗戦後に全て廃絶となった。今わかっている海外神社の総数は約1800社以上とされるが、資料がないため、実際の数は不明である。

 私は2008年より、北はロシアから南はインドネシアまで14の国・地域で、明治時代以降に創建されたおよそ200の神社跡地と神社の撮影を大判カメラと4×5フィルムで行い、昨年末『非文字資料研究叢書2 「神国」の残影 海外神社跡地写真記録 』(国書刊行会)を出版した。 

 かつて神社があった土地の風景と、今でも神社がある風景を比較することで、日本とかつて帝国領であったアジア諸国の歴史と現在について写真で表現することを試みた本である。なお、ハワイや南米にも神社が創建されているが、大日本帝国の勢力圏に入ったことがないため撮影対象としなかった。

 手始めに、近代に創建された、天皇を祀った官幣社や南朝の忠臣などを祭神にした別格官幣社の撮影から始めた。海外神社跡地の撮影で最初に行ったのは台湾である。この時、台中公園で鳥居形に並べてある台中神社の遺構の上で遊ぶ子供たちの写真を捕まえることができた。この、たまたま撮ってしまった一枚はずっと残り続け、後の写真の指針となった。

台中神社(現・台中公園)台湾・台中市北区、1911年2月28日創立、2009年1月18日撮影

 当初は、海外神社の中でも社格のある官国幣社(16社)を撮影すれば充分だと考えていた。しかし、少し欲をだして中国の神社跡地を数ヶ所余計に撮影すると、気が変わった。

 官国幣社だけに限定すると満洲国の神社跡地が漏れてしまう、対中戦争の重大さを考えると、満洲だけでなく中国の占領地に創建された神社跡地も撮影せねば、と妄想が暴走し、ついには海外神社跡地をつないで旧大日本帝国の勢力圏を浮かび上がらせるという無謀な目標を立てるに至ったのだ。これ以降、主に中国各地の神社跡地の撮影に注力することになった。