昭和34年(1959年)創刊の総合週刊誌「週刊文春」の紹介サイトです。最新号やバックナンバーから、いくつか記事を掲載していきます。各号の目次や定期購読のご案内も掲載しています。

わたしの「神回」

2020/05/05

「猪木はこの試合に敗れ、引退を表明するのではないか?」

 一方、ファンはこの試合が発表されてから胸騒ぎを覚えていた。衰えを隠せぬようになった猪木は「落日の闘魂」とマスコミに書かれていた。

「もしかしたら猪木はこの試合に敗れ、引退を表明するのではないか?」

 ファンのあいだでそう囁かれていたのである。

アントニオ猪木 ©文藝春秋

 私も覚悟をして当日を迎えた。でも故郷の横浜で、久しぶりのゴールデンで弟子に敗れて引退というのは猪木の理想の最期とも思えた。そして実況を担当するのはこの日だけ特別復帰した古舘伊知郎。引退のお膳立ては完璧と言えるほどに整っていた。

 ファンも、作り手も、どんなラストになるのか気が気ではなかった。チーフプロデューサーのK氏は生放送内に試合が終わるかどうかずっと気にしていたという。

 結果は……

 60分時間切れ引き分け。生放送内では伝えきれなかった。

 あれだけ番組の終わり方に自己演出のこだわりを持っていたチームKは「ふつうの」スポーツ中継としてこの日を終えたのだ。

 試合は数日後の土曜夕方4時のレギュラー時間帯に編集して放送されることになった。

 ここでチームKは本領を発揮する。今も伝説として語り継がれるエンディングを仕掛けたのである。

©文藝春秋

激闘のあとに「旅姿六人衆」

 試合後、藤波が猪木にベルトを巻いてもらう。弟子が認められた瞬間だ。抱き合う2人。泣き出すファン、奏でる古舘。

 すると長州力がリングインして敵対していた猪木を肩車する。会場は大熱狂。

 リング上で「ありがとうございましたー!」と叫ぶ藤波を背に、長州に肩車された猪木はもみくちゃにされながら控室へ。「いま猪木が去っていくぅ!」と絶叫する古舘伊知郎。まさに英雄の最期。

 と、そのときだ。

 サザンオールスターズの「旅姿六人衆」がかかったのだ。画面は横浜の会場の熱気から徐々にやさしく切り替わり、地方巡業中の猪木が映る。バスで移動中の穏やかな表情の猪木。

「あの一戦用に猪木さんと藤波さんを事前に各地で撮影していたのです。猪木さんのいろんな表情を撮ってミュージックビデオっぽく作って。実はあの生放送特番の最後に流す予定だったんです」(スタッフの話)

 なるほど、K氏が生放送の最後を気にしていた理由がこれで分かった。

 激闘のあとに猪木や藤波の日常を映してサザンの曲を流し、見るものをジンとさせる渾身の特番用演出を用意していたのである。