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いろんな感情がごちゃ混ぜになり、しばらくボーっとしていた

 映像には、巡業中に黙々とトレーニングする猪木、藤波、レスラー陣が映っていた。たまにしかプロレスが来ない地方の体育館の片隅から憧れのまなざしでレスラーたちを見つめる子どもたちの表情もあった。ああ、あれはいつかの私だ。プロレスという興行から見える日本の風景を「旅姿VTR」は見事に映し出していた。

 ラストには田中信夫氏のナレーションが入る。

《闘魂よ永遠なれ たとえ王座に返り咲けなくても、いつか燃え尽きる日が来ようとも、最後まで闘い続ける君の勇姿を時代が、マットが望んでいる。また新しい旅が始まる。》

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 プロレスの激闘を見ていたら、最後に唐突に切なく美しく感情を揺さぶる映像が放たれた。放送が終わったあとはいろんな感情がごちゃ混ぜになり、しばらくボーっとしていた。

「試合の結末がハイライトだとしたら、そこまでの過程を作り上げていくっていうのが僕らは好きなんじゃないかな」(スタッフの話)

 この「旅姿V」は事前に見た業界の大物クリエーターも「これはいいよ」と絶賛していたという。だからこそチーフプロデューサーのK氏は生放送のエンディングで流したかったのだろう。今この映像を見返すと、私が取材した川口浩探検隊スタッフがエンドロールで幾人も確認できた。

後に参院選に出馬、政界入りを果たすことになる ©文藝春秋

「また新しい旅が始まる」

 余談もある。

 あのVTRは完全に「猪木引退」を想定してつくられたものだった。

 しかし、ファンも覚悟したそのムードを引き分けに持ち込んでひっくり返した猪木。稀代のエンターテイナーでもある猪木は安易な流れを嫌い続けてきた男でもある。

 ナレーションの最後は「また新しい旅が始まる。」となっていた。生放送後から通常放送のあいだにこの部分を変えたのだろう。

 元祖煽りV、元祖スポーツ中継の感動VTRともいえる「旅姿六人衆」映像。あれは元「川口浩探検隊」チームとアントニオ猪木の闘いでもあったのだ。

 制作の現場も必死なら、プレイヤーも必死。

 あの日の「1988年のワールドプロレスリング」は、私にとって今も神回である。

※写真はイメージです ©iStock.com