もみ合いになり右腕、右足、そして顔を噛まれ……
次の瞬間、クマは振り向くと同時にふたたび顔を目がけて攻撃してきた。竹ヤブの中で逃げきれず顔を守るため左腕で防御、左腕の関節付近を噛まれてしまう。どうしようもなかった。その後はもみ合いになり右腕、右足、そして顔を噛まれてしまった。顔を噛まれた時の、クマの舌のヌルッとした感触が気味悪かった。入れ歯がガジャと壊れ、「やられた」と思った。
顔を攻撃した後、クマはヤブの中へ退散していった。この時は全くの素手で、何かしらの武器(ストック・棒きれなど)があったら、かなり対抗できると思った。子どもの頃、イヌと喧嘩した記憶があるが、彼らは俊敏で噛み付いたら離さない。クマは、獰(どう)猛な肉食獣とは異なると感じたのである。
バランスを失い転倒、死を意識するほどの出血
クマが去った後、ヤブの中から2mほどの登山道へ上がろうと1歩踏み出した。ところが、登山道側と思った方向が実際は脇のほうで、バランスを失い転倒してしまった。気を落ち着かせ、慎重に道に這い上がる。顔の右側を激しく噛みつかれており、右目は開けられなかったが、左目は物を見ることができた。しかし左目は、若い頃のケガで視力が0.03程度しかなく、物をはっきり視認することはできなかった。
顔面からの出血が流れるような感じで著しい。ただちにタオルで顔を縛り止血を試みる。この時、手で触れた顔の右側がズタズタに裂けているのが分かった。不思議なことに痛みはほとんど感じない。ところが、タオルで縛っても出血は少なくならなかった。初めて「この出血状態で何分持つだろうか……」と、“失血死”を意識する。
失血状態になる前に、との思いから急いで携帯電話で119番通報し救急車を依頼する。電話器の数字がよく見えないため、ダイヤルに苦労してやっとの思いでつなげた。ところが場所を説明しても通じない。現場はむつ市なのだが、携帯電話に出たのは野辺地の消防だった。むつ市の消防へ連絡し対応するとのことで、いったん電話を切る。東北の山では携帯の通じない所がまだまだ多いが、通じて一安心する。