同じ地方棋士同士として
――武富さんと黒田さんも、初めてですか?
武富 イベントかなにかでお会いしてご挨拶したのですが、覚えてらっしゃいますか?
黒田 はい。一度イベントでお会いしたことがあります。
武富 それくらいですよね。私は中学のときに黒田さんの道場に行ったことがあるんですが、そのとき黒田さんはいらっしゃったのかな……。
黒田 それも話には聞いていましたが、私はたまたまそのときいなかったんですね。こちらも一度、福岡将棋会館にお邪魔したことがあるんですけど。
武富 そうなんですか。私……いました?
黒田 たしか、そのとき武富さんおられて……。
武富 そうですか。私いましたか(笑)。
黒田 ただ、そのときはお話しできていないので、覚えておられないかなと。
武富 地方同士の将棋合宿みたいなのがあったんですよね。
黒田 そうですね。
武富 私が通っていた福岡将棋会館は、黒田さんの将棋道場と交流があって、練習対局をしにフェリーに乗っていきました。
――長谷部さんと黒田さんは、いかがですか?
長谷部 奨励会時代に対局をしました。
黒田 2回ですかね。
長谷部 2回ですね。ただ、あまりお話ししたことはありません。
――なるほど。では、せっかくなのでこの座談会を通じて仲良くなってください(笑)。
武富 同じ地方棋士同士として(笑)。
長谷部 Zoomを通して仲良くなれたらと思います。
どうやって将棋会館まで通っていた?
では、具体的な「地方棋士あるある」話を聞いていこう。まずは地方棋士の苦労話として、耳にする機会も多い「どうやって将棋会館まで通っていたのか」。まず黒田さんからお聞きしたのだが、愛媛県松山市から大阪の将棋会館までの道のりは、対局の前日から始まるという。
黒田 家を出るのが前日の夜の8時頃で、まずバスに2時間乗って地元の港に行きます。そこから夜の10時出航のフェリーに乗船して翌朝6時に大阪港着。それから電車で1時間ほどかけて関西将棋会館に行っていました。
――だいたい12時間の長旅ですね。船の中では、どんな風に寝るんですか?
黒田 ホテルの個室のような船室があって、そこに泊まっていました。
――帰りもフェリーですか?
黒田 そうですね。奨励会の例会が夕方6時頃に終わるので、そこからまた1時間かけて港に行って、夜の10時に出航するフェリーに乗り、翌朝の6時に愛媛の港着。高校時代は、それから学校に通っていました。
――海が荒れて船が出ないということは?
黒田 一度だけありましたが、そのときは奨励会の級位者時代だったので休みました。いずれにせよ、天気予報はチェックするように心がけていましたね。