昭和34年(1959年)創刊の総合週刊誌「週刊文春」の紹介サイトです。最新号やバックナンバーから、いくつか記事を掲載していきます。各号の目次や定期購読のご案内も掲載しています。

特集観る将棋、読む将棋

2020/05/22

同じ地方棋士同士として

――武富さんと黒田さんも、初めてですか?

武富 イベントかなにかでお会いしてご挨拶したのですが、覚えてらっしゃいますか?

黒田 はい。一度イベントでお会いしたことがあります。

武富 それくらいですよね。私は中学のときに黒田さんの道場に行ったことがあるんですが、そのとき黒田さんはいらっしゃったのかな……。

Zoom座談会の様子

黒田 それも話には聞いていましたが、私はたまたまそのときいなかったんですね。こちらも一度、福岡将棋会館にお邪魔したことがあるんですけど。

武富 そうなんですか。私……いました?

黒田 たしか、そのとき武富さんおられて……。

武富 そうですか。私いましたか(笑)。

黒田 ただ、そのときはお話しできていないので、覚えておられないかなと。

武富 地方同士の将棋合宿みたいなのがあったんですよね。

黒田 そうですね。

武富 私が通っていた福岡将棋会館は、黒田さんの将棋道場と交流があって、練習対局をしにフェリーに乗っていきました。

――長谷部さんと黒田さんは、いかがですか?

長谷部 奨励会時代に対局をしました。

黒田 2回ですかね。

長谷部 2回ですね。ただ、あまりお話ししたことはありません。

――なるほど。では、せっかくなのでこの座談会を通じて仲良くなってください(笑)。

武富 同じ地方棋士同士として(笑)。

長谷部 Zoomを通して仲良くなれたらと思います。

どうやって将棋会館まで通っていた?

 では、具体的な「地方棋士あるある」話を聞いていこう。まずは地方棋士の苦労話として、耳にする機会も多い「どうやって将棋会館まで通っていたのか」。まず黒田さんからお聞きしたのだが、愛媛県松山市から大阪の将棋会館までの道のりは、対局の前日から始まるという。

黒田 家を出るのが前日の夜の8時頃で、まずバスに2時間乗って地元の港に行きます。そこから夜の10時出航のフェリーに乗船して翌朝6時に大阪港着。それから電車で1時間ほどかけて関西将棋会館に行っていました。

©︎iStock.com

――だいたい12時間の長旅ですね。船の中では、どんな風に寝るんですか?

黒田 ホテルの個室のような船室があって、そこに泊まっていました。

――帰りもフェリーですか?

黒田 そうですね。奨励会の例会が夕方6時頃に終わるので、そこからまた1時間かけて港に行って、夜の10時に出航するフェリーに乗り、翌朝の6時に愛媛の港着。高校時代は、それから学校に通っていました。

――海が荒れて船が出ないということは?

黒田 一度だけありましたが、そのときは奨励会の級位者時代だったので休みました。いずれにせよ、天気予報はチェックするように心がけていましたね。