登ってきた坂道を今度は下っていく
八本松の赤いアーチ橋をくぐり、駅を過ぎたところに「三反田」という踏切がある。ここから次の瀬野駅までの約10キロが「瀬野八」の下り坂だ。
並んで走っていた上下線の間に間隔ができ、それが次第に広がっていくとトンネルに入る。開通した当初は単線で、あとから複線になった路線は、トンネルが上下線で分かれることが多い。
前に東京港トンネルを通った時にも書いたが、列車の前面展望を眺めている時のトンネルは、複線よりも単線のほうが何倍も楽しい。単線ならではの閉塞感と圧迫感が、強烈なる快感を呼び覚ますのだ。
先ほどの上り列車では、貨車を押すことに集中していたため気付かなかったが、さすがに急峻な「瀬野八」はカーブが多い。S字カーブの連続で直線区間がほとんどない。
工事区間があるらしく、「PRANETS」という運転支援装置から注意を呼び掛ける女性のアナウンスが流れる。
「この先、徐行があります」
「徐行区間に接近しました」
凛とした美しい声に、気が引き締まる。指示に従いわが機関車は速度を落として坂道を下っていく。
筆者はこうした長い下り坂は惰性で走るのかと思っていたが、そうではなかった。
「惰性で走ると速度を落とすたびに空気ブレーキを使わなければなりません。発電ブレーキだと1ノッチ入れておけばずっと走ってくれます」(加川さん)
詳しいことはわからないが、おそらく自動車のエンジンブレーキのようなものらしい。
復路は我々が本務機。様々な確認作業が行われる
切り立った山の斜面に周囲を閉ざされているので、あまり明るさを感じない。
列車左手に瀬野川が流れ、それに沿って国道2号が走っている。国道沿いにはコンクリート会社や産廃処理場などが点在し、古い民家の壁には聖書の言葉が書かれた“キリスト看板”が貼り付けてあったりして風情がある。首都圏の一部の読者にわかるように説明すると、小田急線で渋沢から新松田に向かって走ると、トンネルを出たあと東名高速と交差するまでの間、川と国道に沿って走るところがあるが、あれに勾配を付けたような風景だ。
出発時の「発車!」「出発進行!」もそうだが、走り始めてからも運転士が色々な喚呼をする。「第2閉塞進行!」とか「3番場内進行、制限55キロ!」などなど。往路ではこうした確認作業は本務機の運転士が行っていたので、補機ではその必要がなかったのだ。帰りは我々が本務機なので、そのすべてをしなければならない。
カーブは多いは、トンネルはくぐるは、工事区間はあるはで運転士はとても忙しそうだ。カーブで車輪がきしむ音や、トンネルや短い鉄橋の轟音も轟いてきて、助手席に座っているだけの筆者まで意味もなくアタフタしてしまう。