機関区まで「山手線1駅分」程度の距離を歩く
賀屋さんからそんな説明を伺っていると、先ほどの列車に乗務していた加川さんと坂林さんが戻ってきた。我々が機関車を降りた西機待1番線と機関区は、広大な貨物ターミナル駅の端と端のような場所にあり、直線距離で1.3kmもある。行きも帰りも「山手線1駅分」程度の距離を歩かなければならない。
これは運転士だけでなく、貨物駅で働く人たちは総じて歩く距離が長い。厚生労働省は健康のために1日当たり8000歩以上の歩行を奨励しているが、貨物鉄道の現場で働く人たちにとって、そのハードルは低そうだ。
それでも、「乗客」がいればそうした苦労を我々も目にすることができるが、相手が貨物だとそれもない。本当に大変な仕事だと思う。せめて「楽しい」と思うこともあってほしい。
好きな景色はどこですか?
乗務する区間で、好きな景色はあるか訊いてみた。
「基本的に前方と信号と計器を見ていないといけないので……」という大前提の上で、それでも好きな区間を教えてくれた。
「金光駅(岡山県浅口市)のあたりは、春になると桜がきれいなので好きですね」(加川さん)
「尾道駅(広島県尾道市)や大畠駅(山口県柳井市)のあたりは、海に近い所を走るので気持ちがいいです。ただ、海沿いは曲線や制限箇所になっていることが多いので、“堪能する”ということはないですね(笑)」(坂林さん)
貨物列車は旅客列車と違って夜間帯に走ることが多い。
「ホタルや打ち上げ花火、あと名前は忘れましたが流星群がキレイに見えたこともあります。ただ、やっぱり夜間は動物が出てくるので、走行中は前から目が離せない……」
と坂林さんは苦笑する。
日本の物流を支えるプロたちの技と知恵
2018年7月に発生した豪雨災害で、山陽本線は約3カ月にわたって不通区間が発生した。
その間、JR貨物では、トラックや船舶による代替輸送と並行して、普段は貨物列車の走らない伯備線、山陰本線、山口線を使った「山陰回り」の迂回運転を行うなどして、モノの流れを守り抜いた。
この間、加川さんと坂林さんは広島貨物ターミナル駅でトラックの誘導作業などに当たっていた。
「復旧して3カ月ぶりに機関車を運転した時は、それまで経験したことのない恐怖感がありました。復旧直後は徐行区間が多くて気もつかうし、何より運転席で感じる体感速度が普通以上に速いんです。時速90キロがとてつもない速さに感じられました」(坂林さん)
「普段走っている線路が流されている光景をテレビで見たときは息を飲みました。不通になって数日後、近所のコンビニに行ったら欠品だらけだったんです。ガラガラの棚を見たときに、自分の仕事が社会に貢献していたんだ、という実感があらためて湧き上がってきました」(加川さん)
“コロナ禍”で、いま再び国民の意識が物流の重要性に向くようになった。
国民の生活を守るため、あらゆる物資の安定供給を維持するため、彼ら物流のプロたちが技と知恵を集結させて、今日も「瀬野八」の峠を越えていく。
※この記事の取材は、2019年12月18日に行ったものです。
写真=長田昭二
その他の写真はこちらよりぜひご覧ください。