待ち時間も切らさない集中力
それにしても、のどかな午後である。前方の分岐器の上に1羽のカラスがとまった。いまポイントが動けばカラスの足が挟まって逃げられなくなるだろうな。そうなるとこの機関車はカラスを踏み越えて行かなければならないのかな。でも、きっとそんな惨劇は起きないのだろうな。
などといったことを考えて過ごした。
もちろん、乗務員はそんな呑気なことを言ってもいられない。ホームや線路際から見ている人もいるので、あくびでもしようものならご意見を頂戴する恐れもある。
彼らのスケジュールは日によって異なる。本務機に乗務する日もあれば、補機の乗務を繰り返す日もある。多いときには1回の勤務で休憩や夜勤を挟みながら「瀬野八」を5往復することもあるという。
夜は比較的すぐに折り返せるダイヤ設定になっているが、日中はそこそこの長さの待ち時間があるので、集中力を切らさないようにするのに苦労するという。
15時35分。下り普通電車岩国行きが出発していった。次は我々の番だ。
「発車!」「進行!」一人ぽっちで走り始める
運転席に、それまでの静寂を打ち破る女性のアナウンスが流れた。
「まもなく発車時刻です。時刻表、信号現示、ATS電源を確認してください」
運転士による各種点検があり、15時40分、前方の信号機が「青」を灯した。
運転士が前方を指さし、声を挙げた。
「発車!」
「出発進行!」
わが単599列車は、1両の貨車を伴うこともなく、一人ぽっちで山陽本線下り線を走り始めた。
じつは西条駅の先(神戸方)には引上げ線があり、機関車を留め置くことができる。以前は広島方から押してきた補機をそこに留置しておき、数両貯まったらそれらを連結し、まとめて広島へと回送する形をとっていたこともある。
しかし、西条で待っている間、運転士はすることもない。貴重な労働力が無駄になるので、いまでは西条に着いた補機は、各自単機で折り返すようになったのだという。そのため、広島貨物ターミナルと西条の間で山陽本線の線路を眺めていると、高い確率で単行の電気機関車を見ることができる。
視界も広く、軽快に、いきいきと走る
帰りは前に貨車がないので視界も広い。
西条の1つ門司方にある寺家という駅を過ぎると、次の八本松駅に向けてなだらかな上り坂になる。八本松が山陽本線の標高最高地点だから当然なのだが、同じ上りでも、15両の貨車を押していた往路とは違い、帰りは手ぶらだから軽快だ。本馬場で返し馬に入った競走馬のようにいきいきと走っている。普段は鬱々としている記者までいきいきとしてくる。