「自身を変えていく一局にという個人的な感情も」
将棋電王戦と今回のAbemaTVトーナメントのいずれにも参加した棋士は数名いるが、その一人である斎藤慎太郎八段の話を紹介したい。斎藤八段は、永瀬拓矢六段、稲葉陽七段、村山慈明七段、阿久津主税八段(段位はいずれも当時)とともに2015年の将棋電王戦FINALに出場して、見事勝利を飾っている。
「電王戦に関してですが、私としては団体戦という意識は5割程度だったかと思います。同じタイミングでプレッシャーを感じる対局を行うということで、皆さんが準備されている風景などを見て、自身も頑張らなければと奮い立つところはありました。一方、ここで勝って自身を変えていく一局にという個人的な感情もありましたので、前述の割合程度になるかと思います。戦い方についても同じで、団体戦という意識によるものはなかったです。先鋒というポジションではあったので、勝って他の皆さんに勢いがつけばというような気持ちはありました」
「相当敗勢の場面で投げきれない」
その後、斎藤八段は王座戦で初タイトルを獲得し、今期からは順位戦の最高峰・A級で戦うことが決まっている。佐藤天彦九段から「チームまったり」の一員として指名を受けたAbemaTVトーナメントについては、こう語っていた。
「ドラフトで選ばれたときの心情は、評価をしていただいたというところでありがたかったです。またフィッシャールールと団体戦の経験が少ないので、新たな発見がありそうで楽しみに思いました。
普段の公式戦との違いですが、実際やってみて感じたのは終盤に相当敗勢の場面で投げきれないというところでした。自身としては投げどきと感じても、他のメンバーがもう少し頑張れると思う局面だとしたら自分も最後まで指さないと、という心情になりました。あとは、チームメイトが戦っているのをみるときもそうでしたが、やはりチームとしての勝ちを一番考えていました。私は偶然ですが2回次鋒を任されましたので、初戦の結果によって自身のところが決着局になる可能性を考えて、気合が入ったり不安になったりというところがありました」
斎藤八段は予選リーグでは3勝2敗の成績を残し、チームも決勝トーナメントに進出している。
筆者は以前、あるトップ棋士が「サッカー日本代表のようにヒリヒリした勝負を体験してみたい」と漏らしたのを聞いたことがある。「タイトル戦がそうじゃないんですか?」と尋ねると「それは自分だけのことだから。日本代表はそれ以上のものを背負っている」という返事があった。
今回のAbemaTVトーナメントは、棋士が初めて「自分以外」のために戦う勝負なのかもしれない。そしていつか将棋のW杯が実現し、日の丸を背負って戦う棋士の姿も見てみたいものである。