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過去のネット運動が決して「バーチャル」じゃない理由

 ただ、ネット社会の進展とともに、新しいデモや民主主義の輪郭はすでに現れていた。簡単に振り返ってみよう。

 その最初のケースは、2006年のベラルーシの大統領選のやり直しを求める抗議運動だったとされる。不正選挙が疑われたこの選挙で、実際のデモ活動が排除されたため、抗議者たちは普及していたプラットフォーム「ライヴジャーナル」を利用して、デモの組織や運動の展開を練った。

 こうした形式は、2009年にやはり議会選挙の不正疑惑がもたれたモルドバ共和国、さらに同年の大統領選結果に対するイランでの抗議運動がツイッターで拡散されたことで広がりをみせる。モルドバやイランの事例は「ツイッター革命」として欧米メディアで広く報道された。

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©iStock.com

 さらに2010年、チュニジアに端を発し、中東諸国での多くの政権転覆につながった「アラブの春」では、フェイスブックを利用した抗議運動が盛んになり、これはそのまま2011年のアメリカでの「オキュパイ・ウォールストリート運動」へと波及していく。ウォール街を占拠し、「我々は99%だ」のスローガンで知られることになったこの運動は、ツイッター、フェイスブック、ユーチューブといったSNSを通じて、一大ムーブメントを先進国でも引き起こした。

 こうしてみると、過去のオンライン上のデモや民主的な抗議運動は、決してバーチャルなものではなく、オフラインかつ物理的な実践と組み合わさって、初めて威力を持ったことがわかる。

検事長定年延長問題=ツイッター世論の勝利はミスリード

 社会運動論を専門とする伊藤昌亮は、SNSが抗議運動に持った影響力を分析して、ネットがあったから可能になったというよりも、ネットによる相互方向性が生じ、デモや抗議の「動員/発信する者」と「動員される/参加する者」との間の垣根が融合し、それが「集合的な表現」となったことに新しさを見いだしている(『デモのメディア論』筑摩書房)。

 先の「#検察庁法改正案に抗議します」という最初のツイートをした女性は、安倍首相演説会での北海道警察によるヤジ排除報道にインスパイアされたという。特定の抗議運動が、別の異なる抗議運動へと拡散していくことこそ、新しい時代の抗議運動の特徴だ。

安倍晋三首相 ©AFLO

 ただし、検事長定年延長問題では、世論調査でも以前から反対意見が大多数を占めていた。朝日新聞の世論調査では、3月の時点で定年延長を問題とする意見は55%、問題ないとするのが24%、ツイッターが拡散された5月になって反対64%、賛成15%と、反対が若干のプラスになったに過ぎない。

 つまり、そもそも定年延長に反対する意見が大多数を占めていたところに、その世論の一部がツイッターに表れて「集合的な表現」をとっただけなのだ。ツイッター世論の勝利とするのは、コロナ禍で政治がメディアをますます気にするようになり、メディアがネタに欠いてネット世論にますます依存するようになった状況下でのミスリードに過ぎない。