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80歳になった王貞治、アラーキー、立花隆…「幻の1940東京五輪」世代、なぜ巨匠ばかり?

「王貞治が痔になったらどうするんだ」

2020/05/28

 これには球団の広報担当者から「王が痔になったらどうするんだ」などと怒られたが、本人には気に入られたのか、自宅にまで誘われる。家ではさらに風呂に入っているところまで撮らせてくれた。そんな王について荒木はのちに振り返って、《野球をしているときの彼は、もちろん気の張ったいい顔だったけど、仕事を離れたら離れたで、とても肩の力が抜けたいい顔をする。そういう人はなかなかいないよ。やっぱり天才なんだよ、あの人。好きだなア》と語っている(※5)。

1940年5月25日生まれの写真家・荒木経惟 ©文藝春秋

「巨人・大鵬・卵焼き」の大鵬も

 王は1959年に巨人に入団し、4年目の1962年に一本足打法に開眼して以来、ホームランを量産するようになり、長嶋茂雄との“ON砲”で巨人の黄金時代を築いた。やはり60年代から70年代にかけて国民的スーパースターだった横綱・大鵬も1940年5月29日生まれである。その全盛期には「巨人・大鵬・卵焼き」という流行語も生まれたが、大鵬はこの言葉に複雑な思いを抱いていたという。人以上の努力を重ねて横綱になったという自負があった彼としてみれば、団体と個人を同じレベルでは語れないと思っていたからだ(※6)。

国民的スーパースターだった横綱・大鵬は1940年5月29日生まれ ©文藝春秋

「幻の東京五輪」の年に生まれた“1964年の銅メダリスト”

 王や大鵬たちが生まれた1940年は、『日本書紀』に記された神武天皇即位の年を元年とする紀元(皇紀)でいえば2600年にあたった。大鵬の本名は「納谷幸喜」だが、その名は皇紀にちなんでつけられたという。この年には東京でのオリンピック開催も、さかのぼること4年前、1936年に決まっていたものの、翌年に始まった日中戦争の激化にともない1938年に返上された。

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 この幻の東京オリンピックについては、これまでにさまざまな本や映像作品などでとりあげられてきた。1980年にはNHKでラジオドラマ『昭和15年まぼろしの東京オリンピック』、1988年にはテレビ朝日でドキュメンタリー『今日蘇る幻の東京オリンピック』が放送されている。いずれも河内紀(かなめ)という脚本家・ディレクターが手がけた番組だ。河内もまた1940年生まれで、このオリンピックに関心を抱いてきたという。「紀」という名前も皇紀2600年に由来する(※7)。

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