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80歳になった王貞治、アラーキー、立花隆…「幻の1940東京五輪」世代、なぜ巨匠ばかり?

「王貞治が痔になったらどうするんだ」

2020/05/28

「だんだん死が怖くなくなってきた」

 王貞治は2006年3月の第1回ワールド・ベースボール・クラシックで日本代表の監督を務め、見事優勝へと導く。その直後、胃がんが見つかり、福岡ソフトバンクホークスの監督をシーズン途中で休業すると、全摘出手術を受けた。術後は順調で、翌2007年には監督に復帰し、翌シーズンまで務めあげた。ホークスではダイエー時代よりじつに14年間監督を務め、退任後も会長として球団運営に携わる。戸籍上の誕生日である今月20日には、今夏の甲子園の中止決定を受け、《出場する学校、選手たちだけでなく日本国民の心のよりどころであった大会が中止となって、出場経験者としてこんなに寂しいことはありません。選手たちには次の目標に向かって新たな一歩を踏み出してほしいと思います》とのコメントを寄せた(※9)。

ソフトバンク監督時代には日本一2回、リーグ優勝3回など大きな功績を残した王貞治 ©文藝春秋

 立花隆も、2007年に膀胱がんが見つかり、手術を受けた。のちには、このときの体験を記録するとともに、がんを総合的に論じた『がん 生と死の謎に挑む』(NHKスペシャル取材班との共著)を著している。もともとさまざまな生活習慣病を抱えており、がん手術の翌年には、今度は心臓の冠動脈に梗塞が見つかり、再び手術する。病気とつきあううちに、だんだん死が怖くなくなってきたという彼は、2015年には『死はこわくない』を上梓した。

 今年1月に文春新書より刊行した自伝『知の旅は終わらない』では、《僕自身としては、もうそれほど生きのびるための努力をしようとは思っていません。自然に死ねる日がくれば、死ぬまでと思っています》と述べつつも、別のページでは、かねてより構想してきた未完の作品のうち『立原道造《最期の旅 盛岡から長崎へ》』『形而上学』の2冊がとくに気がかりだと未練もうかがえる(※10)。このうち『形而上学』は、metaphysics(形而上学)とは、現代のphysics(物理学)の最先端の知見の上に立つべきものだという持論から構想され、すでに初めの20行ほど書いてあるという。もともと理系志望で、文学青年でもあった立花は、執筆活動を始めてからというもの文系と理系をまたぐような仕事をあまた手がけてきた。その集大成となるであろう著書が、無事に完成することを祈りたい。

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立花隆(1983年撮影) ©文藝春秋

※1 塩田潮『田中角栄失脚』(文春新書、2002年/朝日文庫、2016年)
※2 『FM fan』1988年2月8日号
※3 『日経トレンディ』2013年7月号
※4 『日経トレンディ』2013年8月号
※5 荒木経惟『いい顔してる人 生き方は顔に出る!』(PHP研究所、2010年)
※6 大鵬(納谷幸喜)『一流とは何か』(KKロングセラーズ、2008年)
※7 橋本一夫『日本スポーツ放送史』(大修館書店、1992年)
※8 沢木耕太郎『敗れざる者たち』(文春文庫、1979年)
※9 「full-Count」2020年5月20日配信
※10 立花隆『知の旅は終わらない 僕が3万冊を読み100冊を書いて考えてきたこと』(文春新書、2020年)

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