逮捕から88日ぶりに、被告人のふたりが顔を合わす日がやってきた。

 松永太と緒方純子の初公判が開かれる2002年6月3日、福岡地裁小倉支部の前には、一般傍聴席38席に対して262人の傍聴希望者が並び、傍聴券の抽選が行われた。

※写真はイメージ ©iStock.com

2つの監禁致傷罪のみを争う初公判

 この裁判で争われるのは、最初の逮捕の原因となった17歳の少女・広田清美さん(仮名)に対する監禁致傷罪と、松永らによる監禁生活から命からがら逃げ出した原武裕子さん(仮名、当時41)への監禁致傷罪という、ふたつの罪についてのみだ。通常ならばこれほど多くの傍聴希望者が集まる審理内容ではない。ひとえに、メディアによって少女の父の死、さらには緒方の親族6名の死亡の可能性が報じられたことによる、世間の興味の高まりがこの数字に表れていた。

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北九州監禁連続殺人事件をめぐる人物相関図

 幸いにして傍聴券を手にすることができた私は、第204号法廷の傍聴席でふたりの入廷を待つ。周囲を見回すと、作家の佐木隆三さんの姿があった。正面の裁判官席に向かって右側には松永と緒方の弁護団4人が、左側には検察官3人が座る。

 最初に入廷してきたのは緒方だった。白地に花柄のブラウスとデニムのスカートという出で立ちの彼女は、廷内に入ると無表情のまま傍聴席に向かって一礼をした。真ん中で分けられた肩までのやや茶色がかった髪に、血色の悪さを感じさせる色白の肌。疲れが見える神妙な表情だ。唇の脇の左頬にある、長さ1cmほどのえぐられたような傷痕が目に入る。

 続いて黒い半そでTシャツに紺色のジャージズボン姿の松永が、緊張した面持ちで一礼しながら入廷した。その際、彼は緒方に目を向けたが、彼女は前を向いたままで視線を返すことはなかった。直毛で密度の濃い黒髪は短く切り揃えられ、色白の肌でまつ毛が長いその顔は、歌舞伎役者のように整っている。

人定質問・起訴状朗読での態度は

 やがて3人の裁判官が姿を現して開廷すると、まずは「人定質問」が行われた。証言台での松永は、指先を伸ばした直立の姿勢で、大きなはっきりとした声で言う。

「松永太といいます。昭和36年4月28日生まれです」

 裁判長から住所を尋ねられると「不定です」、職業を尋ねられると「無職です」と答えた。

 続く緒方は、松永とは対照的に小さくか細い声で名前と生年月日を口にする。住所について「不定です」と答えた彼女は、裁判長から「不定ですか?」と確認され、「はい」とだけ答えた。