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連載昭和事件史

静岡で起こった“ある食中毒事件”に「七三一部隊」がこだわり続けた理由とはなんだったのか

静岡県浜松市で起きた「運動会の大福中毒」 #2

2020/06/07

運動会の大福餅を食べて死者44人……あの「七三一部隊」トップも駆けつけた“未曾有の大事件”とは に続く>

 5月14日付朝刊段階で、読売は「濱松の中毒漸く愁眉を開く 毒物混入か、緑青か 原因・過失説に傾く」という見出しの記事を掲載している。内容は見出しで分かるように、事件の性格が分かり始めてきたというトーン。しかし、同記事によれば、東京到着後の齋藤知事らは、「問題の背後に犯罪がひそむというようなことはおそらくあるまい。いままでのわれわれの接している報告を総合すると、犯罪ではなく、どうも過失のようである」とはっきり語っている。別項で「一方に…犯罪説 八名を留置」の小見出しで三好野の経営者と従業員の取り調べを進めていると書いてはいるが……。

陸軍医務局長がラジオで「原因は細菌によるもの」と発表

 5月14日、後続の軍医学校防疫研究室のチームが到着。チームの一員である軍医がのちに雑誌の座談会で語っているところでは、現地で聞いた情報では「原因は毒物」とする説が圧倒的で、細菌を考える者はいなかった。「戦場の疫学」は「被害のあまりのひどさに『毒物説』が言い立てられ、それで人々がパニックになっていた可能性が高い」としている。そのため、14日夜に小泉・陸軍医務局長がラジオで「原因は細菌によるもの」と発表。静岡県も15日深夜になって同様の発表をし、浜松市民らの動揺の鎮静化を図った。15日には、軍医学校防疫研究室主幹で、のちに七三一部隊を創設し初代部隊長となる石井四郎・陸軍二等軍医正が浜松に到着した。

 5月15日付朝刊に東朝は事件を決定づける記事を載せた。「毒物はない(陸軍軍医学校発表) ゲルトネル氏菌を認むと」の見出しで「陸軍軍医学校当局14日午後7時15分発表」の内容を次のように報じている。「浜松市における中毒事件に関し、各方面の検索を行いつつあるが、陸軍において浜松並びに陸軍軍医学校において検索の結果、患者の糞便中よりゲルトネル氏菌と認むべき菌を証明し、これにより中毒の疑い濃厚となり、明朝(15日)にこれが確定し得る見込み。なお同菌以外の毒物は目下のところ証明し得ず」。

 ゲルトネル氏菌は現在はゲルトネル菌と呼ばれ、サルモネラ菌の一種である腸炎菌。1888年、ドイツのゲルトネル氏が病気の牛の肉を食べて急性胃腸炎を起こした患者から発見した。「種々の齧歯類に広く寄生する。齧歯類の流行性下痢症状を起こすことがあり、またよくヒトの胃腸炎の原因となる」(「ドーランド図説医学大辞典」)。齧歯類とはリス、ネズミ、ヤマアラシなどのこと。一時犯罪説に走った東朝ではこれ以降、記事がぱったり途絶える。

「毒物はない」と報じた東京朝日

 同じ5月15日付朝刊で読売も「食中毒菌から 陸軍が研究を発表」の見出しで、さらに詳しく経緯を載せている。「陸軍軍医学校当局では、かねて兵営内の大衆的食中毒の経験から、今回の大福中毒事件もその罹災者の病症経過、拡大状況などよりしてゲルトネル氏菌中毒によるものではないかとの見込みをつけ、北野二等軍医正より送付の浜松衛戍病院に入院中の兵士27名の糞便により細菌培養試験の結果、14日午後に至り3名、午後8時半に至りさらに2名の糞便中にはたしてゲルトネル氏菌を発見。現地において発見した1例を加えると6例になり、いよいよ同菌によるものとほぼ断定されるに至ったものである」。