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 記事はさらに、それまでの知見から、「今度の事件でも経過を見ていると、罹患者が最初から増えないという点で何かの中毒と直ちに分かったが、毒物中毒と違って、罹患者の症状が次第に激烈になっていくので大体菌による中毒、すなわちゲルトネル氏菌だなと見当がついたわけだ」という北野の談話を顔写真入りで載せている。

北野二等軍医正の談話と写真を載せた読売の紙面

 同じ5月15日付朝刊で東日は「銅イオンも発見」という名古屋発の記事を載せている。小宮教授が「持ち帰った大福餅の黒餡の中から銅イオン(銅反応)のあるのを認めた」といい、同教授の談話も。「はたしてこれが毒物であるのか、毒物の中の一つであるか分からないが」「陸軍軍医学校発表の『ゲルトネル氏菌』を発見したというのは誰しも考えることだが、これが原因と断定するには、全治患者の血液の反応を見なければ的確と言い難い」と、どうも歯切れが悪い。この原因究明競争において、“劣勢”な状況が分かっていたのだろう。

「ゲルトネル氏腸炎菌によるものと決定す」

 16日付夕刊で読売は「“犯人は鼠(ネズミ)”と 病原に新説起る」の記事を掲載。静岡県衛生課長の話として、ゲルトネル菌は「この病菌を持つ肉類を食したネズミが餡を保存してある釜の中を駆け回り、病菌を移植媒介し、餡がまたよく病菌繁殖の母体を務めたもので、現に三好野製餡所を調査した際、大きなネズミが数匹躍り狂っていた事実を発見したというのである」と伝えた。これが正解らしいことが後で分かる。

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 翌5月16日付朝刊で東日は「濱松中毒原因 軍醫学校の断案 ゲルトネル氏腸炎菌」の見出しで15日午後4時の陸軍軍医学校の発表を報じた。「今回浜松衛戍地陸軍部隊に発生せる食中毒の原因は、陸軍側における細菌学的検査の結果と、従来陸軍側における食中毒、健康診断のための検便成績等を総合判断し、ゲルトネル氏腸炎菌によるものと決定す」。有無を言わせぬ結論だった。

 同じ朝刊の読売は発表内容をさらに詳しく書いている。軍医学校は、調査対象が兵士の中毒患者のみであると説明。「陸軍部隊の食中毒患者は、地方人(民間人)患者と同様、三好野菓子店調製の白餡以外の大福を食したる者のみなり。おそらく餡の中に病原菌が入って、時間の経過とともに菌が増殖して毒素を蓄えた後に起こりたるものなるべし」と分析している。さらに、兵士側から死者が出なかったことを踏まえてか、中学生らの発症の誘引と考えられる要素をこう述べている。(1)年1回の運動会のため、前夜より大福餅の準備をしていたこと(2)運動会による疲労(3)閉会後の弛緩など、精神的肉体的誘引が関係するところ多しと思う――。

 その後、5月19日付夕刊で東日と読売は、「浜松事件の教訓 菓子製造者に注意」(東日見出し)の記事を載せている。それは梅雨時を前に、警視庁が菓子製造元の一斉検査を開始するとともに、「製造能力以上の注文を受けないこと」などの指示事項を通達したという内容。記事で東日は浜松の例を「大福餅の注文を受けた製造元が餡を製造して三昼夜、台所の端に置きっぱなしにしたため、ネズミが餡にたかって汚物を排出し、これを知らずにこね回し……」と細かく記述している。その後も、患者の発症、死亡は続いたはずだが、紙面には表れていない。その理由は5月19日付朝刊各紙を見れば分かる。

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「舊(旧)主人の惨死體(体)に 美人女中姿を消す」(東朝)、「待合のグロ犯罪 夜會(会)巻の年増美人 情痴の主人殺し」(東日)、「變(変)態!急所を切取り敷布と脚に 謎の血文字 『定吉二人キリ』」(読売)。いまも高齢者の記憶に残る「阿部定事件」だった。いまのテレビのワイドショー並みの過熱報道の陰で、地方都市での食中毒事件はあっという間に忘れられた。

菌は何に付着し、それはいつ作業場で汚染されたのか

 原因菌の発見後、軍医学校防疫研究室メンバーの関心は、具体的に菌は何に付着し、どのようにしてあれほどの“効果”を挙げたのかに移った。機関誌に発表された研究チームメンバーの報告から調査の概要を見よう。